Dear my girl

「そういうことなら、代わってあげたいけど、わたしにできるかな。逆に迷惑かけちゃうかも……」

 律はガバっと顔を上げた。まるで救世主を見るような瞳だった。

「本当に? できるできる! 注文きいてドリンクやスイーツを運ぶだけだから。沙也子もよく来てくれるからメニュー熟知してるでしょ。お願いっ! 助けると思って」

 律が沙也子の手をぎゅっと握り、必死に頼み込んでくる。

 沙也子は向こうにいる一孝をちらっと見た。
 彼はこちらの様子を窺がっていて、何かトラブルを感じ取っているようだった。

(こういう時、一応相談した方がいいのかな)

 律は沙也子の視線をたどり、一孝の姿をとらえると、足早に駆け寄って行った。勢いよく彼に手を合わせる。

「涼元! お願い、沙也子の力を借りたいの。私の代わりにバイトに入ってほしい。1週間だけだから」

「……はぁ? バイト?」

 一孝は訝しがるように眉根を寄せたが、あの律が自分に頭を下げたことに面食らってもいた。

「そう。のっぴきならない事情で、どうしても出るのが難しいの。でも、人手不足だから休みにくくて……」

 すっかりくたびれた様子の律がかわいそうになり、沙也子は一孝を見上げた。

「わたしは手伝ってあげたいと思ってるんだけど」

 一孝は少し悩ましげに言い淀んだ。
 沙也子にバイトをさせたくないのが見て取れたが、律を無下にもできないようだった。

 その隙をつくように、律は畳みかけた。

「ちなみに、私のバイト先はカフェで、スタッフは全員女子だから。めっちゃメルヘンなお店で、お客さんも女子しか来ない。沙也子もよく来てくれるから勝手は知ってるだろうし、あんたが心配するようなことは絶対にないはずだから……お願いっ」

 それを聞いた一孝は、なあんだという顔をした。

「別に俺は谷口のやることに口出しするつもりはねーよ。したいようにすればいい」

「女子ばっかって聞いて意見変えただろ。理解あるふりしちゃってよ」

 黒川が茶化すようにぼやき、一孝に足を踏まれていた。  

 そんな男子二人を無視して、やよいが律にニコニコと耳打ちする。

「よかったですね、律さん。新刊ぜひ楽しみにしてますので、頑張ってくださいねっ」 

「うっ、うっ、ありがとー。沙也子もほんとありがとう」
 
 律とやよいが手を取り合っていて、沙也子は微笑んだ。

 バイトに興味があったのも事実だし、何より律の助けになれることが嬉しかった。
< 131 / 164 >

この作品をシェア

pagetop