Dear my girl
焼き上がりの香ばしいパンケーキ。
カップに注がれる可愛らしいラテアートの数々。
そこかしこにいる森の動物たち。
店内は女子の楽園そのものだった。
甘い匂いがやわらかく立ち込める中、同じ制服を着た女の子たちが、迅速かつ優雅にくるくると働いている。
お客様は途切れることなく、常に満席状態。確かにこれはスタッフが一人欠けるだけで大変そうだった。
一通り仕事の説明を受けたら、今度は実物を手にして実践練習をしてみる。
パンケーキはいいとしても、ドリンク類が曲者だった。カップは可愛いながらも不安定な形をしていて、バランスをとって歩くのがけっこう難しい。
何度かやってみてようやくOKが出ると、いよいよ店内に立つことになった。
メルヘンチックなお店だけあって、メニューも少々変わっている。
一番人気は、沙也子も大好きな『ファニートラップ☆パンケーキ』。分厚いパンケーキの中にフルーツがごろごろ入っている夢のようなパンケーキだ。
ボリュームたっぷりなのに、ふわふわの食感で、あっという間に口の中から消えてしまう。
見ているだけで切なくなり、無事にバイトを終えたらすぐに食べに来ようと沙也子は決めた。
ドリンクも同じで、『オレンジとミントのドリーミーフルーツティー』や『森のうさぎさんとのコーヒータイム』など、全てに可愛らしい名前がつけられている。
いざホールに立つ時は少し緊張したけれど、既に知っているお店だけあって、すぐに慣れることができた。
他のスタッフたちがさりげなく沙也子をフォローしてくれて、どうにか無事に記念すべきバイト一日目を終えたのだった。
更衣室で着替えてからスマホを確認すると、一孝からメールが来ていた。
彼は高校時代からのバイトをそのまま続けていて、以前ほどではないにしろ、週に3、4日働いている。
今日はバイトの日だったので、それが終わったという連絡だった。
沙也子も終わったと返事をすると、駅で待っているので勝手に帰らないようにと念を押された。
少し過保護だなと思ったけれど、あまり一人で夜に出歩くことのない沙也子は、ありがたく甘えることにした。
最寄り駅に到着し、ICカードを改札機にかざして外に出ると、一孝は改札前の柱にもたれてスマホを操作していた。
恋人は湿度による不快指数を微塵にも感じさせない、涼しい顔つきだった。
沙也子は汗が滲む額をタオルハンカチで押さえた。
待ち合わせをする機会が少ないので、なんとなく物珍しくて見惚れてしまう。すると目が合ってしまったので、沙也子は急いで駆け寄った。
「ごめんね、待たせて」
「そんなに待ってねーよ。一人で夜道帰らせるより全然いい。明日もここにいるから」
「うん、ありがとう」
気遣いが嬉しくて、沙也子は口元を綻ばせた。
一孝は少しの間こちらを見つめ、視線を外した。沙也子の手を取って歩き出す。