Dear my girl
無事に頼まれたバイトを終え、週明け月曜日。
森崎律が、出会いがしらに抱きついてきた。
「沙也子! 本っ当ーーにごめんね! 金曜、変なやつに絡まれたんだって? 私、昨日聞いたところで……、ほんとごめん」
泣きそうな顔で必死に謝られ、びっくりした沙也子は、笑顔で首を振った。
「律が気にすることじゃないよ。そんな、たいしたことじゃなかったの。手を握られただけだったし、涼元くんが助けてくれて……。それより、原稿大丈夫だった?」
「おかげさまでなんとか……って、たいしたことあるよ! 涼元が来て本当によかった……。さすが沙也子を絶対助けるマン……」
沙也子は頬を赤らめた。
あれから一孝は、駅ではなくお店の近くまで迎えに来るようになった。バイト先でも「愛されてるね」とさんざん揶揄われたのだ。
彼にはとても感謝しているけれど、いたたまれないやら、申し訳ないやら。この話はもう終わりにしたかった。
「バイトすることなんてないと思ってたから、律のおかげで楽しかったよ。わたしも、ちょっと自信持てたし」
頼まれた時は戸惑ったが、今ではいい機会を与えてくれたと思っている。
お金の大切さはもちろん、働くことの大変さ。仕事に対する責任感や、お客さんから笑顔を向けられた時の喜び。
短い時間ではあったが、沙也子にとって貴重な体験だった。
そう伝えて微笑みかけると、沙也子の手を握った律は、感極まったように目をぎゅっと閉じた。
「そう言ってくれると、私も嬉しいけど~。本当にありがとうね。涼元にも借りができたわ」
「それ……なんだけどさ、わたしも涼元くんには感謝してるから、お礼したいと思ってるんだけど……何がいいと思う?」
初めてのお給料で、彼に何かプレゼントするつもりだった。希望を訊いてみたところ、別に何もいらないから沙也子のハンバーグが食べたいと言われた。
そんなことでいいのなら、もちろん喜んで作るけれど、ごはんを作るのは毎日のことだ。それとは別に、どうしてもお礼を用意したかった。
付き合っていない時は律に相談しても平気だったのに、今はなんだか妙に恥ずかしい。
沙也子が指をもじもじさせていると、律はやわらかく微笑んだ。それから、思案するように目を泳がせる。
「うーん。ちょっとしゃくだけど、私も涼元には感謝してるしなあ。沙也子、制服もらったんだって?」
「あ、うん。なんか記念に? 嫌な思いさせちゃって本当に悪かったからって、店長さんが」
可愛いけれど、またバイトを手伝う機会でもない限り、出番はまったくなさそうである。
それでも、初めてのバイトの記念と思えば、確かに嬉しいものだった。
「じゃあ、それ着て、涼元のこと出迎えなよ」
「ええっ!」
沙也子は耳を疑った。
あの家で、あの制服を着て、一孝を出迎える?
そんな自分を想像しただけで消えたくなる。
「ひ、引くよ。絶対」
「そんなことない。絶対に、喜ぶから」
「えー……」
自信たっぷりにそう言われると、考え込んでしまう。
実際、可愛いと言ってくれたけれど、それはあのお店にいたからではないだろうか。家で着ていたら完全にイタい人ではないだろうか。
(でも、本当に喜んでくれるとしたら……)