Dear my girl
やはり離れていた方がよかった。一孝に迷惑がかかっていなければいいけれど……。そう思っていると、いつの間にか至近距離で見つめられていた。
「うわっ!」
「うわって。……うーん、まあ、可愛いっちゃ可愛いかなあ。こんな感じが好みなのかあ?」
笑いながら肩に手を回され、ビクッと背中に怖気が走る。しかし、彼は一瞬で離れた。
「てめえ……ふざけたことしてんじゃねえぞ」
知らぬ間に教室に入ってきた一孝が、チャラい男子の胸ぐらを掴んでいた。
しん、と水を打ったように静かになる。
チャラい男子はぎょっとしたまま動かず、それは周囲の女子たちも、クラスの生徒たちも同じだった。まるで時が止まってしまったかのようだ。
「す、涼元くん。ちょっと来て」
沙也子はあわてて、彼の腕を引いて教室を出た。
慣れない場所なので、どこをどう歩いているのか不明だが、どうにかひと気のないところに来れた。沙也子は一孝に向き直った。
「この間、男の人が怖いって言ったやつ、ひとまず忘れてくれないかな。わたしは大丈夫だから。涼元くんの気持ちは嬉しいけど、気を遣わないでほしい」
あのときは淡白な反応だったが、幼馴染のよしみで守ろうとしてくれたのだろう。これでは一孝の誤解を解くどころか、ますます恐れられてしまいそうだ。あんなことをわざわざ言わなければよかったと後悔する。
本気度を伝えるために目に力を込めると、一孝はきっぱりと「そうじゃない」と言った。
「全然関係ないとは言わねえけど、俺が嫌なんだよ」
「嫌ってなにが」
「……お前に他の男が触るのが」
「だから、気にしなくて大丈夫だってば」
なおも何か言いかけた一孝だったが、沙也子が目をそらさずにいるのを見て、言葉をぐっと詰まらせた。深々とため息をつく。
沈黙は了承とみなす。沙也子は一孝がひとまず同意したと解釈した。
教室に戻る途中、律を見かけた。
彼女もこちらに気づき、沙也子と一孝を一瞥すると、ふいっと去って行った。
覚えていない反応ではない。
確実に避けられている。
自業自得とはいえ、辛いものがある。
一孝の視線を感じ、沙也子は自嘲気味に苦笑した。
「律にも手紙書く約束守ってなくて。嫌われちゃったみたい。謝れたらいいんだけど……」
律の背中が角に消えるまで見送っていると、チャイムが鳴り響いた。
「あっ、わたしたちも行かなきゃだね。じゃあね、涼元くん。心配してくれてありがとう」
さっそく別の方向へ行きそうになり、一孝に教室まで送ってもらうはめになった。