Dear my girl
市村は、申し訳なさそうに口を押さえた。
「あっ、違うの。気分悪くしたらごめんね。涼元くんて、周りの女子にまるで興味ない感じだし、谷口さんとどうやって知り合ったのか、純粋に気になったの。高校で?」
早く会話を切り上げたくて、沙也子は事実のみを話した。
「幼馴染なの」
彼女は目を丸くして、大きく息を吸い込んだ。
「そうなんだ! 幼馴染かあ、いいなあ。それで付き合うって素敵! 子供の頃、涼元くんに出会えてラッキーだったね」
大げさに感激して見せるけど、彼女が沙也子をよく思っていないことがひしひしと伝わってくる。
市村は言葉を紡げずにいる沙也子を気にすることなく、にこにこと続けた。
「普通は環境が変わると、世界が広がったりしてなかなか続けるの難しいみたいだよ。私の友達も、大学入ったら別れちゃった子が多いもん」
言われた言葉はけっこう刺さった。
今まで見ないように蓋していたことを、突き付けられた気分だった。
一孝は6歳の時に沙也子を好きになったと言った。
もしも、出会っていなければ?
優秀な人だ。彼はきっと才能に見合った進路を選んでいたはずだ。――恋人も。
『谷口さんに合わせたとか?』
『環境が変わると世界が広がる』
棘のようなそれは、しばらく抜けそうもなかった。
「沙也子。ごめーん、おまたせ」
市村が立ち去り、律に声をかけられるまで、沙也子はずっとぼんやりしていた。慌てて笑顔を返す。
「全然。さっき来たとこ」
律はホッとしたように微笑み、沙也子の隣に座った。それから視線を巡らせ、声をひそめた。
「大丈夫? なんか話しかけられた?」
「えっ、だ、誰に?」
理学部の女子とのやりとりを見られていたのだろうか。沙也子はドキッとした。
律が「あの人」と示す方をこっそり見てみれば、沙也子と友達になりたいと言ってきた男子がいた。彼は目が合うと、さっとそらした。
「ううん。いることも気づかなかった。なんで?」
「私が入ってきた時から、すでに沙也子のことずっと見てたよ」
「えー、なんだろ。まだ消しゴムのこと気にしてんのかなあ。もういいのに」
そこまで感謝されると少々重くて、悪いけれど勘弁してほしかった。
律は呆れた目を沙也子に向けた。
「あんたって、自分への好意にとことん鈍かったりするからね。っていうか、こう言っちゃ悪いけど、粘着質タイプに好かれやすいから、ほんと心配だわ……」
「もしかして、高校の先輩のこと言ってる? あれはたぶん、同類だと思われたんだよ。家庭状況の」
知らないうちに写真を撮られたのは怖かったけれど、あの事件をきっかけに一孝と向き合えたので、沙也子としてはそこまで嫌な思い出ではなかった。
胡乱な目をした律が、オレンジジュースをちゅーっと吸い上げる。
「まあ、粘着質筆頭が彼氏だからね。涼元がついてれば大丈夫か」
「なにそれ。それより、どこ行こうか」
(涼元くんがついてれば……か。誰から見ても、わたしは頼りないんだろうな。だから、あの子にもあんなこと言われちゃうんだ)
沙也子は氷が解けてすっかり薄くなったミルクティーを飲み干した。