Dear my girl
あれ?と思って目を開けると、一孝がどこか面白くなさそうな顔で見下ろしていた。
沙也子の額を指で軽く弾く。
「いた……っ いきなり、なに?」
地味に痛くて、額を押さえてむうっと唇を尖らせた。
一孝は沙也子の手をどけて額に口づけ、抱きしめた。ころんと眠る体勢になり、頭をぽんぽんと撫でる。
「……涼元くん?」
それきり何もしてこない。
寝よう、ということだろうか。
このところ一孝もテスト勉強にレポートにと忙しそうにしているので、疲れているのかもしれない。
だけど、それならそう言えばいいのに。
ちょっぴり理不尽さを感じながらも、抱き込まれるぬくもりが心地よくて、沙也子の中に切ないような安堵が込み上げた。
一孝は沙也子の頭を自分の胸に軽く押しつけて言った。
「夏休み、旅行に行く? 温泉とか」
驚いた沙也子は、ガバッと一孝を見上げた。
「えっ、温泉? えー、行きたい! いいの?」
「うん。沙也子の誕生日、テスト真っ只中で、ろくなことできなかったから。リベンジしたいんだけど」
沙也子はもぞっと動いて一孝を見つめた。
誕生日は7月8日だった。
テスト勉強があるため、沙也子の希望で近場のデートとなった。映画鑑賞のあと夜景を見て、夕食をご馳走してくれた。ケーキも買ってもらったのに。
「……もう、十分もらったよ?」
「俺的には、全然足りねぇ」
(わたしが温泉行きたいって言ったの、覚えててくれたんだ……)
言い方は素っ気なくても、本当はいつだって優しくてあたたかい。沙也子の心もじんわりとあたたかくなっていく。
「ありがとう……。すごく嬉しい。楽しみ……」
「……いくつか目星つけてるから、後でその中から選んで」
普段はあまり聞かない、やわらかくて掠れた声。
ベッドでぽつりぽつりと話すのは滅多にないことだった。たいてい沙也子が先に寝てしまうので、一孝の眠そうな声はとても新鮮だ。
先ほどまでの重い心が、うそみたいに癒されていく。
「涼元くん」
一孝は返事をしなかった。呼吸がゆっくり、穏やかになっていく。
「……涼元くん、眠い?」
もっと話していたくて、ついわがままを言ってしまった。
一孝は息を詰め、ゆっくりと吐き出した。
もう寝ろと言わんばかりに、抱きしめる腕に力をこめる。
身じろぎをして上目で一孝の様子を窺うと、どうやら本当に寝てしまったようだ。
これもあまりないことなので、沙也子はしばらく一孝の寝顔を観察した。
(これからも、そばにいてほしいな……)
一孝の胸に顔を埋めると、無意識なのか、彼は眠ったまま沙也子をぎゅっと抱きしめた。
沙也子は頬をすりよせ、大好きな人のぬくもりに包まれながら眠りについた。