Dear my girl

* * *


「森崎」

 教室を移動中に呼び止められ、振り向いた律は、相手を見て小さく舌打ちした。

 話をするのはいつぶりだろうか。そもそも、ふたりで話したことなど数えるほどしかない。話す時はだいたい沙也子と一緒だった。

 涼元一孝は、相変わらず読めない表情で薄く笑った。

「シカトなんて、ずいぶん陰険なことするじゃん」

 なんのことか、すぐに分かった。

 沙也子バカの一孝は、昔から周囲の人間を沙也子か沙也子以外かでしか分類していない。律はさしずめ「沙也子の友達」というカテゴリーだった。

 沙也子が律と話したがっているのはもちろん気づいている。転校してきてからこの一週間、ずっとそわそわとタイミングをはかってきていて、それを回避するこちらだって骨なのだ。八つ当たりしたい気持ちで、律は一孝を睨んだ。

「それが沙也子のためだから」

 律だって、沙也子に会えてとても嬉しかった。
小学生当時、男子たちにはちょっかいをかけられ、女子たちには生意気だと嫌われた。隠された上履きを沙也子が一緒に探してくれたとき、律がどんなに嬉しかったかなんて、きっと誰にも分からない。その恩は忘れないし、それから仲良くなったことも律の大切な思い出だ。
 
 引っ越したあと、彼女から一度も連絡が来ないことは心配していた。けれども、あちらでの暮らしが楽しくて忘れているのなら、それでもいいと思った。沙也子が幸せならなんでもよかった。

 この男はふてくされて一時期血迷ったようだが。何も分かっていないくせにと、律は鼻を鳴らした。

「私と一緒にいたら、沙也子までハブられる。クラスで聞こえてきたけど、お母さんたち亡くしたんだって……? 他の女子とけっこううまくやってるみたいだし、なおさら私みたいなのとは関わらない方がいい。学校くらい楽しく過ごしてほしい」

 納得しない限りつきまとわれそうな気がして、律は正直な気持ちを話した。
 誠意を見せたつもりなのに、一孝は呆れたようにため息をついた。

「お前、ばかだな」


 ばかはお前だ。



 掃除当番を終え、教室に戻ろうとした律は、いつの間にか女子6人に囲まれていた。
 ひと気のない場所を狙っていたらしく、自分たちの他には誰もいない。一孝といい、今日はいったいなんなのだろう。厄日か。

「森崎さんさあ、もういいかげんにしてくれない? 人の彼氏にまで色目使うなんて、そんなに欲求不満なの?」

「誰のこと言ってんの? こういう言いがかり多すぎて、分かんない。あんたのことなんて知らないし」

 ネクタイの色を見るに同学年だ。立ち去ろうとしたが、取り巻きたちに前を塞がれてしまった。

「手当たり次第だもんね、最っ低! 高田くんその気にさせておいて、飽きたらポイってわけ。あんたみたいなビッチ、そのうち誰も相手にしなくなるんだから」

 律は心からうんざりした。その気にさせるもなにも、高田って誰だよ。

 こんなことばかり言われ続ける人生なのかと思うと、人間辞めたくなってくる。……とはいえ、律にも非があるのは事実だった。

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