Dear my girl

* * * 


 まだ午前中だというのに、浜辺は海水浴客でごった返していた。

 ぎらぎらと照りつける日差しの下、視界の先には、海を存分に楽しむたくさんの人の姿が見える。

 水しぶきを上げてはしゃぐ子供たち。
 幼児が浮き輪を抱えて波打ち際へ駆けて行くのを慌てて追いかける親。
 パラソルの下で二人の世界に入っているカップル。
 ビーチボールで遊ぶ男女のグループ。

 誰もがためらいなく肌をさらしている。

 当然の話だ。
 ここは、海なのだから。

 大いに気をもみながら、一孝はレンタルパラソルの下にレジャーシートを敷いた。

(遅いな……)

 先に旅館へ荷物を預け、海水浴場の更衣室を利用している。
 着替えに時間がかかるものだと分かっていても、一孝は気が気ではなかった。こうしている間に、沙也子が声をかけられて困っていたら。


「遅くなってごめんね、涼元くん。更衣室、けっこう混んでて」


 悶々と考えていたせいか、後ろからの声に勢いよく振り向いてしまった。
 その瞬間、一孝はホッと肩の力が抜けた。

 しっかりとラッシュパーカーを着こんだ沙也子は、どことなく恥じらいながら、一孝の隣に腰を下ろした。それから物珍しげに辺りを見回す。

「すごい人だねえ」

「今がシーズンのピークだからな。かき氷でも食う?」

 いくぶん緊張気味の沙也子にそう言ってやると、途端に彼女は顔を輝かせた。

 浜辺に並行して並んでいる海の家。
 彼女にはかき氷のイチゴを、自分にはラムネを買った。目についたらなんだか懐かしくて心惹かれた。

 小学生の頃、毎年一緒に夏祭りに行っていた。いつも沙也子はイチゴのかき氷で、一孝はラムネを飲んだ。
 いろいろなことがあった今、二人で海に来ていて、同じものを手に持っている。そのことが、とても感慨深かった。

「わー、ありがとう」

 かなり暑いこともあり、沙也子はかき氷がとても嬉しそうだった。目が合えば、頬を染めてにっこりと微笑んでくる。

 せっせとかき氷を口に運ぶ姿が愛らしくて、一孝は震えそうになった。

(か、っっっわ……)

 スマホを触るふりをして無音カメラに収めておいた。

 顔を上げると、沙也子がこちらをじっと見ていたのでドキリとした。
 しかしその視線が一孝のラムネに注がれていることに気づく。
 なあんだ、と息をついて、一孝は彼女にラムネを差し出した。

「飲む?」

「え、いいの?」

 ぱちくりしている沙也子に、一孝は小さく笑った。

「そんなに見といてよく言うよ。つか、ラムネも買ってやればよかった」

「ううん、一口だけでいいの。見てたらなんか懐かしくなっちゃって。涼元くん、お祭りでよく飲んでたよね」

 互いに同じことを思い出していて、一孝は胸があたたかくなるのを感じた。


 沙也子はにこにことラムネに口をつけようとして――、少し顔を赤らめてためらった。

「えと……飲んでもいい?」

「? いいよ。なに、」

 ためらっているのかと聞こうとしたところで、まさか間接キス、と思い至った。
 浜辺の熱気を、急に頬に感じる。

(今さらすぎだろ……)

 驚くほど心臓を撃ち抜かれたが、どうにか一孝は冷静を装った。
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