Dear my girl
ラムネ独特のフォルムをあらためて両手で包み、沙也子は瓶を傾けた。汗をかいたラムネ瓶が彼女の指先を濡らす。
ビー玉が太陽光に透けて輝いたけれど、一孝の視線は、こくん、と上下する白い喉に釘づけになった。
「美味しい」
炭酸の刺激で痺れたのか、沙也子は舌を軽く出した。彼女が食べたイチゴシロップのせいか、その赤さに一孝の鼓動が跳ねる。
このままでは確実によくない。パラソルによる擬似的な個室空間のせいでもある。
一孝は煩悩を散らすべく、軽く頭を振った。
「そろそろ海に行く? 楽しみにしてたんだろ」
「あっ、うん。ちょっと待ってね、日焼け止め塗らなくちゃ。あと、浮き輪と」
レンタルした浮き輪を沙也子は掴み、慌ただしくビーチバッグに手を入れる。一孝は苦笑して、彼女の手から浮き輪を取った。
「そんなに慌てんなよ。ゆっくりでいい」
沙也子は少し逡巡し、恥じらいがちにパーカーを脱いだ。
この日のために買ったと言っていた水着は、それほど露出の高いものではなく、一孝は内心胸を撫で下ろした。
沙也子のたわわな胸をしっかり支えつつ、フリルで隠して谷間を強調しない可愛いデザインだった。
下はショートパンツのような水着で、控えめな彼女にとてもよく似合っている。
それでも上下に分かれたデザインだから、無防備に晒されるウエストが気になってしまう。
水着を着る以上仕方がないと理解していても、他の男に見せたくない。心が狭くなるのは無理からぬことなのだと、開き直ることにした。
「塗ってやろうか?」
沙也子が背中に塗るのを苦労しているようだったので、何の気なしに申し出た言葉だった。
「え……、お、お願い、します……?」
それが、そんなに真っ赤になられると、いけないことをしている気分になってくる。
沙也子はこちらに背を向け膝を立て、膝の上のタオルに顔をうずめて耳まで赤らめている。
これも、今さらすぎることだった。背中に触れるくらい、今さらなのだ。
それなのに。鼻血が出そうだった。
鼻の付け根をぎゅっと摘む。一孝は心頭滅却の心持ちで、沙也子の小さな背中に日焼け止めを塗ってやった。
海に向かう途中の電車の中で、「涼元くん。見て見て、海!」とはしゃいでいた沙也子は、波打ち際で一孝に手を引かれながら、「うぁぁ……」と小声で唸った。
リアクションこそ小さいが、初めての海に感動しているのだろう。瞳がきらきらしている。
海、最高。自分の恋人が可愛すぎて、あらゆるものに感謝したくなった。
自分もたいがい浮かれている。
浮き輪をすぽっとかぶせているので、腰回りが隠れてちょうどよかった。
手を引きながら、一孝が先に海へ入った。
波打ち際から2、3歩踏み入れれば、すぐに膝まで海水に浸かる。気温の高さも手伝ってか、海の水はぬるいくらいだった。
「そんなに冷たくねぇぞ」
「う……うんっ」
意を決したように、沙也子も海に足を進めた。
「わ、わーっ 波が! すごい、気持ちいいっ」
手を引いてやりながら、腰辺りまで海に浸かると、沙也子はその手をパッと離した。
不思議に思って振り向いた瞬間、パシャっと海水がもろに顔にかかった。
沙也子がいたずらっ子みたいに笑う。
「こういうの、海のお約束なのかなって……す、涼元くん?」
「……いい度胸じゃん、谷口」
さんざん気を使ってやっているのにこの仕打ち。
可愛すぎて、どうしてくれよう。
濡れた髪をかき上げて口角を上げると、沙也子は笑顔を引き攣らせた。
浮き輪の端に手をかけ、そのまますいすいと泳いで沙也子を足が着かないところまで連れて行った。
浮き輪をしていても心もとないらしく、沙也子がぎゅっとくっついてきたことで一孝は溜飲を下げたのだった。