Dear my girl
律は小学生のころから、筋金入りの腐女子なのである。
男子たちがわちゃわちゃと絡んでいると、すぐボーイズラブに変換してしまう癖がある。あまり見ないように気をつけているのに、男子は律の視線をすぐにキャッチしてしまうのだ。そして、気があるのではないかと勘違いされる。
告白をされて断ると、思わせぶりだっただの、色目を使っているだの、人の彼氏を取るのが趣味だの、あることないこと言われるのだった。
「聞いてんのかよ!」
おそらく高田氏が見たらドン引きの形相で女子は叫んだ。
「あんたの彼氏なんて興味ないから、そこ通してくれない? そのタカダクンとお幸せに」
「この……っ」
律なりに殊勝な態度を取ったつもりだが、火に油を注いでしまったようだ。顔を真っ赤にした女子は手を振り上げた。
(殴られる……)
ぎゅっと目を閉じたけれど、衝撃はなかった。代わりにぬくもりに包まれる。
「いっ、たぁ〜」
「……沙也子!」
沙也子が律を庇うように抱きついていた。女子の平手は沙也子の後頭部に直撃したらしい。
「な、なに、あんた。転校生の……」
沙也子は女子たちにかまわず、律をじっと凝視した。無言で見つめられ、律はたじろいだ。ぶたれた後頭部も気になる。
「沙也子……? 大丈……」
「ふ、ふふ……」
彼女は唇を震わせると、堪えきれないとばかりに噴き出した。
「はあ? ちょっ、なに笑ってんの?」
「ご、ごめ……、だって、」
大きく肩まで揺すって笑い出してしまい、律と女子たちの間で微妙な空気が流れた。
「なにやってんの」
女子たちが、ひっと息を飲む。一孝が凍てつくような表情で立っていた。
「行こ……っ」
バタバタと女子たちが逃走すると、ようやく沙也子は笑いをおさめた。泣くほど笑うことがあっただろうか。つい不満が顔に出てしまうと、沙也子はまた笑った。
「ちょっと」
「ごめん。だって、全然変わってないんだもん。誤解されてるってことは、今でも観察癖……」
「ストップストップストップ」
沙也子は律の趣味を知る唯一の人間だ。(ペットのうさぎには話している。)
顔を見合わせ、今度は二人同時に噴き出した。ひとしきり笑い、沙也子は表情をあらためた。
「手紙、書かなくてごめんね」
「そんなこと、全然いいよ。……本当に大変だったね。沙也子、私が避けてたのはさ……」
沙也子は律の手を取り、言葉を遮った。
「わたし、律と一緒にいたいよ。律さえよければ、また友達になってほしい」
この子は、何度律を救うのだろう。
ふと横を見れば、壁にもたれて傍観していた一孝と目が合った。邪魔にされたと思ったのか、わずかに眉を寄せ、その場を離れて行った。
「私が女子に嫌われてるって、涼元に聞いたの?」
「えっ、違うよ。その……クラスの女子が言ってたの。でも、それでわたしのこと、避けてるのかもって思って……。話をしたくて律が掃除当番の音楽室探してたら、涼元くんが場所を教えてくれたの」
(あいつ……)
律の心情を沙也子に漏らすでもなく見守るスタンスは、沙也子を信頼しているからに他ならない。
昔からムカつく男ではあるが、沙也子を思う気持ちは誰の目にも明らかだった。
(……協力はしない。でも、見守ってやるぐらいはいいかな)
謎の上から目線は、負けた気がして悔しいからである。
「沙也子はずっと、私の親友だったよ。これからだって、ずっと」
思わず目の奥が熱くなる。
「こっちこそ、またよろしくお願いします。庇ってくれて……ありがと」
照れ混じりにゆっくり微笑みかけると、沙也子は綻ぶように笑った。