Dear my girl
あちこち散策して旅館に戻ると、夕食の時間ぎりぎりだった。
夕食会場は半個室のような造りで、沙也子は心からリラックスして楽しめた。
海の幸中心の豪華な料理。自分では到底用意できないものばかりなので、感動してしまう。
お酒が飲みたいのか、一孝が早く二十歳になりたいと言ったので、沙也子はまた笑ってしまった。
「連れてきてくれて、本当にありがとう。また、いろんなとこ行こうね。夏が終わっても、来年も、再来年も」
照れながらもそう言うと、一孝はゆっくりと笑みを浮かべた。
沙也子の大好きな笑顔だった。
夕食が終った頃には、窓の外に広がる空もすっかりと色を落としていた。
月明かりに照らされながら廊下を歩き、部屋へと戻る。そして中に入って――二人して固まった。
食事中に布団を敷いておいてくれるのは、きっと当たり前のことだろう。でも沙也子には経験がないので感情が追いつかない。
二組の布団は、ぴったりとくっつけられて敷かれている。
この光景を目にして言葉を失っているのは沙也子だけではないようで。一孝は大げさに咳払いをして冷蔵庫を開けた。
「……何か飲む?」
「う、ううん。もうお腹いっぱいだし」
痛いくらいに暴れる心臓を感じながら所在なく立っていると、一孝は何も取らずに冷蔵庫を閉める。それから腕を引かれて、すっぽりと抱きすくめられた。
「……緊張すんなよ。うつる」
「だって……」
緊張するなという方が無理なような……。
救いを求めるように顔を上げると、すぐにキスが落とされた。
後頭部に手が回り、お団子髪がさらりと解かれる。一孝は何度か指先で沙也子の髪をすくと、布団の上に座らせ、ゆっくりと押し倒した。
熱っぽい眼差しにくらくらしてしまう。
「沙也子」
そっと頬にあてがわれた一孝の手は熱かったが、沙也子の頬も同じくらい火照っている。
額にちゅっと音が鳴り、鼻先や頬に耳にと続いていく。
「沙也子、好きだ」
甘い声が耳にこもる。胸がきゅうっと締めつけられた。
「わたしも好き……大好き」
沙也子は一孝の首に腕を回して唇を重ねた。
心臓を落ちつけるべく一度深呼吸をして、一孝の胸を横に押しやった。ころんと体勢を入れ替え、驚きに目を瞠る彼の上に跨って乗る。
「え……っ、なに、」
戸惑いを含んだ一孝の声には応えず、沙也子はもう一度キスをした。一孝が目を丸くしている。
なぜ、見下ろされるより、下から見上げられる方が恥ずかしいのか。
羞恥に耐えきれず、沙也子は一孝の視線を避けるように、彼の首元へ唇を寄せた。
いつもされるように、耳に首にと唇を落としていく。
一孝の浴衣の合わせに手を差入れ、するすると肌を撫でた。
けっこう頑張っているつもりだが、彼の反応がないので心配になってくる。
「ど……どう?」
沙也子は恐る恐る顔を上げて、一孝を見下ろした。
いつもされていることなのに、光景が違うだけでかなり恥ずかしい。温泉にのぼせたように、身体中が熱くなっていくのを感じた。
「……? どうって、くすぐったい」
「ええー……」
勇気の対価に見合わずがっかりする。
つい心底残念な声を上げると、一孝は沙也子が何をしたかったか分かったようだった。
両手で顔を隠して震える一孝に、沙也子は拗ねたい気持ちで唇を尖らせた。
「そんなに笑わなくてもいいじゃない……」
「……笑ってねーよ。気持ちは嬉しいけど、また今度。俺の心の準備がまったく間に合ってねぇから」
一孝は沙也子の腰を支えて起き上がると、額をこつんと合わせた。切なげに眉を寄せて微笑まれて、沙也子は顔を赤らめた。
いつもしてもらってばかりだから、沙也子も一孝に気持ち良くなってほしかった。
しかし、まだまだレベルが足りないらしい。この次の課題にすることにした。
唇が近づいてきて、促されるように目を閉じた。
触れる優しい唇に、一孝のことしか分からなくなる。
そしてそれは、とても嬉しい。
――なんて思う余裕は、すぐになくなった。