Dear my girl
唇にやわらかい感触がして、沙也子はうっすらと目を開けた。
まず感じたのが畳の匂い。
見覚えのない部屋に一瞬戸惑った沙也子は、一孝に見つめられて思い出した。
(そうだ……旅行に来てたんだった)
「起きれる? もうすぐ朝飯の時間だから」
「ん……」
そういえば、朝食はあらかじめ行く時間を決めておくシステムだった。
気だるい身体をなんとか起こし、布団で隠しながら、ぼんやりと下着を身につける。
一孝は背中を向けてくれていて、浴衣に袖を通す頃には、段々意識がハッキリしてきた。
二組敷かれた布団のうち、使っていない方がやけに綺麗に見えて、沙也子は頬が熱くなった。
明らかに一つの布団で寝ましたと言っているようなものだ。
きっと朝食に行っている間に片づけに来てしまうだろう。
布団を畳んでおいたとしても、糊の効いたシーツでバレてしまいそうで、沙也子は綺麗な布団にダイブした。
「……谷口、寝かせなかった俺が悪いのは分かってるけど、起きてくれ」
寝ぼすけだと思われていることが心外極まりなくて、沙也子は布団の上をごろごろ転がりながら、むくれて見せた。
「違うから。こっちだけ綺麗だったら、恥ずかしいっていうか……」
一孝はぱちりと瞬くと、また背中を向けた。その肩が揺れていて、沙也子は頬を染めて憤慨した。
「もう、笑わないで」
一孝はひとしきりくつくつと笑うと、振り向いて意地悪く口角を上げた。
「そんなに気になるなら、そっちも同じ方法で、」
「時間ないって言ったくせにっ」
軽口の意図に気づいて真っ赤になった沙也子は、一孝が言い終わる前に彼に向かって枕を投げつけた。そのとき視界に入った薬指がきらりと光る。
「え……っ」
(指輪……? なんで……)
顔の前まで左手を掲げ、呆然と薬指を見つめる。
なんなく枕を受け止めた一孝は、一度気まずそうに目をそらし、また沙也子を真っ直ぐに見つめた。
「誕プレの本命はそれだから。就職したらちゃんとしたの買ってプロポーズするから、それまで持ってて」
指輪のサイズはぴったりだった。
いったいどんな顔をして沙也子のサイズを測り(眠っている時だろうか)、どんな顔をしてジュエリーショップに行ったのか。
自然と涙が浮かんでしまう。
沙也子は左手を包むようにして、両手を握りしめた。
たくさんの気持ちが溢れるけれど、この嬉しさと感動をうまく言葉にするのは難しかった。
それでも感謝と愛しさを伝えたい。何度でも。
「涼元くん、ありがとう。大好き!」
沙也子は一孝に向かってダイブした。
二人して畳の上に倒れ込む。
窓から差し込む眩しいほどの夏の日差しが、二人をきらきらと包み込んでいた。
(了)