Dear my girl
5.
玄関に置いてある鏡で、制服におかしなところはないかチェックする。ネクタイの違和感にもだいぶ慣れてきた。
マンションのエントランスを出ると、抜けるような青空が広がっていた。
蒸し暑さはまだ残っているものの、空が高くなったように感じる。吸い込まれそうな感覚になり、沙也子は目を細めた。
ひとつめの角を曲がれば、大通りにさしかかる。バスルートとなっているため、バス停にたくさんの人が並んでいる。やがてバスが滑らかに沙也子を追い越していき、停留所に止まった。
順番に人が乗り込んでいくと同時に、降車口からはピッピッとICカードをかざして客が降りてくる。4番目に降りてきた中年女性は、きょろきょろあたりを見回すと、沙也子に話しかけてきた。
「ちょっとごめんなさい。市立病院はどっちかしら」
「市立病院。えーっと……」
越してきてひと月以上も経つのに、沙也子は未だに近所の地理を把握できていなかった。分かりませんで済ますのは冷たい気がして、制服のスカートからスマホを取り出した。
確かこの近くであることは分かっている。地図アプリを立ち上げた。
「ここをまっすぐ行って……、あれ、違う?」
こっちへ行けばいいのかしら。そうですね、でも地図の向きが変だな。女性とふたり沙也子のスマホを覗き込んで、ああでもないこうでもないと言っていると、
「この先の信号を右に曲がったところです」
突然割り込んできたのは一孝だった。30分も先に出たはずなのに、もう追いつかれてしまった。
「あらー、そこだったのね。ありがとう」
手を振ってにこやかに去って行く女性を見送り、沙也子は一孝を見上げた。何も言わなくても伝わったようで、仏頂面を返される。
「分かってるから、行けよ」
「……うん。さっきはありがとう」
一緒に連れ立って登校するのはまずいことが分かったので、時間差で家を出るようにしている。
一孝は当初渋っていたけれど、沙也子が先に出ることで納得した。どうして先なのかと首をひねったが、何度かこうして助けてもらって分かった。信用がないのだった。だから今日はかなり早めに出たのに。
小学生のころならまだしも、高校生にもなって情けなくなる。これからはひとりで生きていかねばならないし、涼元家の厚意にいつまでも甘えるわけにもいかない。
一孝の重荷にはなりたくなかった。
(しっかりしないと。家事の生活リズムも掴んできたし、今度のお休みは散策してみよう)