Dear my girl

「それなら、今度の日曜そのへんで遊ぼうよ」

 道を訊かれやすいわりに土地勘がなさすぎてつらい。朝の出来事を愚痴ると、サンドイッチにかぶりついていた律は、口元の卵を舐め取って言った。
 律は顔に似合わず豪快なところがある。可愛い子はなにをしても可愛いという真理。

 律の言葉に、沙也子は神様!とばかりに顔を輝かせた。

「いいの? やった!」

 実は少々不安で、万が一迷子になった場合、最終手段はタクシーだなと思っていた。律が来てくれるのならこんなに心強いことはないし、久しぶりに遊べることも嬉しかった。

 途端にご機嫌な昼休みになる。
 すっかり心が晴れて、煮っ転がしを箸で摘んでいると、律がお弁当を覗き込んできた。

「相変わらず、今日も美味しそ……」

「いる?」

「いる!」

 あーん、と里芋を律の口に入れてあげると、彼女は満足そうに咀嚼した。

「美味しい〜。毎日作るなんてすごいわ。嫁にほしいわ」 

「作り置きしてるものを詰めてるだけだから。でも嬉しい。律に嫁ぐわ。末永くよろしくダーリン」

「あ、やっぱ後が怖いからいいや」

「なにそれ。ていうか、なんでわたしがフラれてるの」

 笑い合う穏やかなランチタイム。中庭の木陰で、心地いい風が沙也子の髪をなでる。



 律に避けられていたとき、昼休みは彼女を探すことに費やしていた。お昼を一緒に食べれば話しやすいと思ったのである。
 しかし見つからないまま時間切れとなり、適当な場所でお弁当をかっこむ侘しさといったら。自分でも笑ってしまうレベルだ。

 お互いに思っていることを言えて本当によかった。
 律が沙也子に笑顔を向けるようになったことで、空気は伝染していくもので。今まで律を遠巻きにしていた女子たちも、徐々に話しかけるようになっていた。すこぶるいい傾向である。

 じわじわ喜びを感じていると、律が思い出したように言った。

「ところでさ。沙也子って、もしかして涼元にお弁当作ってる?」

 卵焼きが喉に詰まり、盛大にむせてしまった。

「ちょっと、大丈夫?」

 律からステンレスボトルを受け取り、蓋を開けて一気に喉に流し込む。沙也子は努めて心を落ち着けた。

「な……なんで?」

「なんでって。あれ」

 律は振り向き、こっそり指差した。

 沙也子たちが座っているベンチのすぐ後ろには食堂の窓があり、中は生徒でごった返している。律が示す方に目を凝らして見れば、一孝が友人たちと昼食をとっていた。

 お昼をともにする友人がいることも意外だが(失礼)、少し驚いたのは、転校初日に沙也子に絡んだチャラい男子が、一孝の友達だということだ。一緒にいるところを何度も見かけた。

 彼の胸ぐらを掴んだ一孝を思い出す。

(男子って、よく分からない……)

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