Dear my girl
(そんな子じゃないって、話してるうちに分かってきたのに。俺はバカだ……)
登校してすぐ谷口のクラスをのぞいたが、彼女はいなかった。涼元は来ていたので不思議に思い、訊いてみることにした。
「涼元。今日、谷口さん来てる?」
「お前がなんの用だよ」
案の定、威嚇された。ぐるぐる唸り声が聞こえてきそうなほどだ。だが想定内なので怯みはしない。
「ほら、俺ひどい態度とったから、謝りたいんだ。教室に行ってもいないんだけど」
涼元は少しの間蒼介を見つめ、ゆっくりと席を立った。
「……ひどい態度って?」
……怖い。
怯みはしないなんて嘘だった。人を殺めそうな視線に竦みかけたが、谷口が何も涼元に話していないことに気がついた。涼元の友達にひどいことを言われたと、文句を言ってもおかしくないのに。
勝手に想像してがっかりして、勝手に嫌いな妹に重ねて。
もう土下座したいくらいだった。
一緒に谷口を探しながら、殴られる覚悟で涼元に話すと(がっかり等は伏せ、勝手に妹と重ねて嫌な感じに揶揄ったと説明した)、やっぱり殴られた。谷口が許さなかったらもう1発殴ると言われたので、腹をくくっておく。
森崎律も知らないらしく、谷口が戻ってきたら連絡くれるよう頼み、あちこち探した。ないだろうと思いつつも念のため屋上へ向かうと、続く非常階段の踊り場から、まさかの声がした。
「遅くなってごめんね。靴箱の手紙見てすぐ行くつもりだったんだけど、非常階段を見つけるのに手間取っちゃって」
谷口の声だった。
まさか――告白?
涼元は固まっていた。
ごくりと息を飲みこみ、蒼介がこっそり階段の角から窺うと、丸い眼鏡にポニーテール。同じクラスの大槻やよいがいた。
「いえ、転校してきたばかりなのに、ややこしい呼び出し方をしてすみません」
涼元も声を聞いてホッとしたようだった。
だけど、なぜ大槻が谷口を呼び出すのか……。
「ううん。あ、昨日はありがとう。律がもう大喜びだったよー」
「いえ、わたしも助かったので」
意外にも既に顔見知りだったようだ。
涼元と顔を見合わせる。とりあえず出直すかと、その場を離れかけたところで、
「あの、谷口さんと涼元くんは、付き合ってるんですか」
足を止めざるを得なかった。
「全然付き合ってないよ。わたしがまだいろいろ慣れなくて、幼馴染のよしみで助けてくれてるだけ」
うわあ。そんな気はしていたが、全然伝わっていないのか。
蒼介は涼元が少々不憫になった。
「もしかして、大槻さん、涼元くんのこと。だったら安心して、わたしは、」
「違います」
もはや涼元の方を見ることができなかった。
「わたしが谷口さんを呼び出したのは、谷口さんが涼元くんに騙されてるんじゃないかと思ったからです」
「え?」
「同じ中学だったんです。わたし、母の送迎で遠くの塾に通ってたんですけど、夜遊びしている涼元くんを何度も見かけました。ガラの悪そうな人たちや女の人と一緒にいることもあったし、学校では頭のいい優等生を演じているのかもしれませんが、本性はそういう人なんだと思います」
不良だのチャラいだの言われることは慣れている。涼元も何を言われたって気にしないだろう。
だが、谷口がそれを聞いてどう思うのか。
涼元の顔は見れなかったが、それでも彼の手が微かに震えているのは分かった。