Dear my girl
ぱちっ、と音がするみたいに目が覚めた。
心臓がドドドドと大きな音を立て、汗をびっしょりかいている。なんだかむかむかと気持ち悪かった。
トイレで胃の中のものを出してしまうと、いくらかすっきりした。シャワーで汗を流し、お水を飲むころにはだいぶ落ち着いていた。時計を見ると、午前1時を過ぎたところだった。
沙也子はリビングに繋がるドアの前に立つ。
しばらく逡巡し、小さく、本当に小さくノックした。万が一にも一孝を起こしてしまってはいけないし、ただ単にノックをしたくなっただけだった。
だから、中から「はい」と声が返ってきたのでびっくりした。
ドアをそっと開けると、空耳ではなく、キッチンに一孝がいた。手にコップを持っている。
「……涼元くん、まだ起きてたの?」
「水飲みにきただけ」
「わたしも……喉が渇いて」
言ってから、見えすいた言い訳だと思った。自分の部屋にもキッチンはあるし、冷蔵庫の中にはお茶も入っている。
幸い一孝は深く考えなかったようで、コップを取り出すと、沙也子にも水を入れてくれた。
「ありがとう……」
冷たい水が喉を流れていく感覚に、妙な身体の倦怠感がすっかり消えていたのが分かった。
いつもは明るい光が差し込むリビングは、今は薄暗く静かで、まるで別の空間みたいな気まずさを感じる。
沙也子は取り繕うように笑った。
「変な時間に起きちゃうと、眠れなくなるよね」
「明日……もう今日か、土曜だし、DVDでも見る?」
思わず、へ、と気の抜けた声が出た。沙也子はまじまじと一孝を見つめてしまう。聞き間違いだと思ったのだ。
一孝はダイニングテーブルからリモコンを取り、リビングの明かりをつけた。一瞬で闇が光に変わる。どうやら本気らしい。
「あの、」
「そういえば、なんか森崎に薦められてたな。面白いのかよ」
「お、面白いよ! 特に高知先輩がかっこよくて」
「……は? 誰それ」
沙也子は自分の部屋に、律から借りたばかりの『So!Kyu!劇場版』を取りに行った。
目が覚めた夜中に、一孝と一緒にアニメを見る。そのことに、なぜかとてもわくわくしていた。
ふと鏡を見て、ハッとなる。
(わたし、寝間着だった。……まあ普通のスウェットだし、いいか。涼元くんも同じようなものだったし)
レコーダーにセットして、ふたりでソファに並んで座る。劇場版は本編を見ていなくても分かるような導入だった。それでも沙也子は、ついいちいち口を挟んだ。
内容は陸上高跳びに挫折した主人公がその跳躍力に目をつけられ、廃部寸前のハンドボール部に入ることになり……という設定なのだが、こてこてながらも熱い展開が多くて面白い。劇場版ではドイツからの留学生が登場するようだ。
「あっ、これこれ。この間コラボカフェ行ったんだけど、マネージャー特製ボールおにぎりとか、このオムライスとか、ほんとこのまんまの再現度で律が感動してて」
「ふーん」
肘掛けに頬杖をついてアニメを眺める一孝は、そんなに引き込まれているわけではなさそうだけど、テレビから目を離さなかった。
気がつけば、いつの間にか眠っていて、リビングにはやわらかい光が差し込んでいた。
ソファから身を起こすと、毛布がぱさっと落ちた。一孝はラグの上で毛布にくるまり、背を向けて寝ている。
夢も見ずに深い眠りに落ちたのは、久しぶりのことだった。