Dear my girl
8.
キーマカレーを煮込んでいる間に、沙也子は中間テストに向けて、数学の問題集と格闘していた。
微分積分は躓きやすいとは聞いていたけれど、これほど意味不明だとは思わなかった。どうにか公式を頭に叩きこんで当てはめるしかないのだが、合っているのか間違っているのか分からないまま解き進め、その結果不正解ということを繰り返している。
ダイニングテーブルに広げた問題集は、まだ2問しか進んでいない。文系コースとはいえ、今回はかなりヤバいと思っていると、コトコトお鍋の蓋が揺れた。
弱火をさらに小さくして蓋を取る。スパイスの香りが漂い、空腹の胃が切なさを訴えてきた。ナスやパプリカ、玉ねぎにトマトをたっぷりと入れたキーマカレーはだいぶとろとろになっていて、そろそろ頃合いかと思っていると、玄関が開く音がした。
あれ?っと思っている間にも、洗面所から水音が聞こえ、一孝が部屋に入ってきた。
「お帰りなさい。今日は早いんだね」
「シフトが減ったんだ。夏休み明け人手が足りないから頼まれてただけで、今はけっこう落ち着いてる」
沙也子はお鍋をかき混ぜながら、そっか、と返事した。
「たくさんバイトしてるから、欲しいものがあるのかと思った」
「別に。ただの暇つぶし」
部屋着に着替えてきた一孝は、冷蔵庫からお茶を出しながら、テーブルの上をちらりと見た。
「お前さ、テスト前は家政婦業休んでもいいんじゃねえの。俺だって子供じゃないんだから適当にやるよ」
「あっ、ごめん、勝手にテーブル使って。つい煮込んでる間だけと思って」
火を止めて、あわてて問題集を片付けようとすると、一孝はノートにとんと指を置いた。
「それは全然いいけど。ここ、間違ってる」
「え、どこ?」
「指数のつけ方が違う。カッコの外につけるんじゃなくて、カッコ内」
「もうなに言われてるのかも分かんない……」
途方に暮れた気持ちになる。赤点だけは免れたいのに。
優秀な人を前にこの話題を終わりにしたくて、沙也子は問題集とノートを重ねて端にどけた。
「テスト前だろうと、どうせ自分の分は作るんだし、気にしないで。っていうか、晩ごはん一緒に食べるの初めてじゃない?」
お皿にカレーをよそっていると、冷蔵庫に入れておいたサラダを一孝が出してくれた。
いただきます、とカレーに口をつける。少々刺激が物足りなく感じ、沙也子はうーんと唸った。
「もう少し辛くてもよかったかな」
「これでもうまいけど、辛い方が好き」
一孝が好みを言うなど珍しくて、沙也子は思わず目を丸くした。作るときの参考にどんどん聞きたくなる。
「そうなんだ。どのくらい? 激辛レベル?」
「極端すぎだろ」
一孝が呆れた顔をしたので、笑って謝った。
ごはんは一人より誰かと食べる方が、ずっと楽しい。