Dear my girl
* * *
体育館に響き渡るドリブルの音。
カットに入った敵を巧みにかわし、けれども巧妙に倒れこむ。ピッと笛が吹かれた。
また、あいつかよ。
鮮やかなフリースローが決まるのを、黒川蒼介は冷めた目で見ていた。
沸き起こる歓声を気にする風でもなく、爽やかに仲間とハイタッチ。
(確かバスケ部のエースだっけ)
なんて、くそどうでもいいことを思い出す。
体育は3クラス合同で、それをさらに種目で分ける。蒼介たちの本日の授業はバスケだった。必然的にクラス対抗で行われ、エースのいる組が現在ぶっちぎりの1位である。
まあ、全体的にやる気のある人間はいないので、だからこそエースのいる組が突出しているのだが。
そんなことを考えている間に、またエースが今度は見事なスリーポイントを決めた。さっき以上に大きな歓声が上がる。
ちなみに、男がエースに黄色い声を上げるなんて、そんなわけがない。
体育館の中央はネットによって区切られ、反対側では、女子がバレーボールの授業をしている。
普段バスケの試合を見に来ないような女子もいるものだから、エースは俄然張りきっているのだろう。
今日はこの秋一番の冷え込みで、外気はひんやりしているというのに、体育館の中は熱気でむんむんだった。
そしてエースの思惑どおり、待機組女子の何人かが、自分達の試合そっちのけでこちらを熱心に眺めている。
バスケ部エースは女子の方をちらりと見ると、前髪をかき上げた。
「転校生の子がいるじゃん。だったらいいとこ見せとかないとね」
ダムダムダムと無駄な動きで派手にドリブルをし、膝を変な風に曲げたありえない体勢でシュートを決めた。また女子から歓声が上がる。
(バスケマンガ、読みすぎじゃね……?)
それでも、きっちり決めるところがすごい。
エースは、決まった!とばかりに、谷口沙也子へ両の人差し指を向け、ニコッと微笑みかけた。
彼女はぼんやりとこちらの方を見ているものの、森崎律と話し込んでいて気づいていないようだ。
そのことに、エースもまた気づいていない。
次の瞬間、ずっと静かだった人物の空気が揺らいだ気がした。
学校一、心の狭い男(推定)。なんて分かりやすいのだろうか。
「おっ、涼元、いく?」
「……だらだらやってんの飽きた」
あーあ、ご愁傷様、と蒼介は思う。エースの栄光はあまりにも短かった……。合掌。
涼元は本来の運動神経の良さもさることながら、とにかく相手が嫌がるところを突くのがうまいのだ。
バスケ部のエースとはいえ、体育の授業。チームメイトは素人ばかり。
涼元がやる気を出したことにより、形勢はみるみるこちらに傾いた。
蒼介のパスを受け取った涼元がスリーポイントを打つ。あっという間に逆転し、「先生、バスケがしたいです!」謎テンションのまま蒼介は涼元に飛び乗った。さらにもう一人乗っかってきて、涼元はべちゃっと潰れた。
なんとなく涼元のやる気に引きずられ、味方全員が本気になった結果、20点差がついて終わった。
チーム交代になり、すっかり溜飲を下げた蒼介たちは、自然と女子を観察する流れになった。
「あなたの萌えはどこから?」
蒼介がぽつりと問いかければ、
「私は足から」だの、「私は胸から」だの意見が飛び交う中、涼元だけはしれっと無視していた。
相変わらずノリの悪いやつだと思う。まあ、真面目に答えられても、それはそれで反応に困るかもしれない。
女子のバレーがチーム交代になり、谷口たちがコートに入った。
ずっと、ぽーんぽーんと緩やかにパスし合っていて、一向に試合は進まなかった。教師に怒られて、笑い合っている。
どうして女子は集まってきゃっきゃしているだけで可愛いのか。
隣を見ると、涼元はずっとただ一人を見つめていた。正直怖い。
涼元の萌えは、『谷口沙也子から』だった。
授業が終わり、体育館を出て行く時、みんなでネットを片付けていた谷口がこちらに気づいた。
ほんのり微笑み、控えめに手を振ってくる。
涼元は微かに頷いただけだった。なんだそのスカした態度は。
「え〜、手ぇ振りかえしてやれよ」
「……俺が手なんか振りかえしたらキモいだろ」
確かに。想像したら、かなりキモかった。
そう思ったが、いたずら心がむくむくと湧いてくる。
「そうか? 谷口さん、お前に無視されたと思ってるんじゃねーの」
「え……」
軽い冗談のつもりだったが、涼元はたじろいだ。
少し思い詰めたのち、手を上げかけて……ぎこちなく頭を掻いて誤魔化した。その動作を二度ほど繰り返した。
谷口はきょとんとし、森崎に呼ばれて去って行った。
成績優秀だろうがクールだろうが、谷口にはヘタレな涼元なのだった。彼女が転校してきてから、蒼介の涼元に対する印象はガラリと変わった。
それでも、今はこっちの方がずっといいと思っている。