Dear my girl
9・
沙也子は考えた結果、申し訳ないからと意地を張らず、素直に一孝を頼ることにした。
成績が下がれば、一孝も彼の父も心配して家事はやらなくていいと言い出すかもしれないし、逆に成績が上がればきっと安心するはずだ。沙也子としても、できるだけ頑張りたい。
さっそく毎日夕食後に見てくれることになった。よろしくお願いしますと頭を下げると、彼は沙也子に以前の学校のテスト結果を全て見せるように言った。
「ええー……。ぜ、ぜんぶ?」
「見れば、谷口がなにを理解してて、なにを理解してないか分かる。恥ずかしがってる場合か。やる気あるんだよな」
「すぐ持ってきます……」
沙也子は部屋に戻り、全ての答案用紙を一孝に渡した。現国や古文などは自信あるのだが、英語と特に数学はドン引きされそうで、気が重くなる。
一孝がざっと目を通すのを、テーブルの向かいでドキドキしながら待つ。当たり前にもう点数は分かっているのに、これから答案用紙を返される心境に似ていた。
「谷口、進学希望?」
「一応……」
そんな資格などないほど、ひどいのだろうか。
祖母が大学まで行かせたいと貯金をしてくれていたので、できれば希望を叶えてあげたいし、沙也子としても進学したいと思っている。
国公立に行ければ学費を抑えられるし、バイトなどで補填すれば生活費も捻出できる。ただ、それには血反吐を吐くほどの努力が必要だということも分かっている。
現実は私大で奨学金制度を利用することになるだろうが、そもそも受験に合格できる学力がないと話にならない。
「そんな顔するなよ。テストでいい点取ればいいだけなら要点だけ教えるけど、受験するなら基礎から叩き直しておいた方がいいと思っただけだ」
俯いていた沙也子は顔を上げた。答案に目を落としている一孝をじっと見つめる。
「……わたしでも、なんとかなると思う?」
「音を上げなければ、だけどな」
沙也子の心が俄然明るくなった。塾通いをするような余裕もないので、このままでは独学で受験勉強をして落ちる未来までちらついていたのだ。
「あ、上げない! けど、そこまでしてもらって、本当にいいの。涼元くんの邪魔にならない?」
「ならねーよ。食事とかの礼だって言ってるだろ。つか、一緒に受験勉強するだけじゃん。そのついで」
「ありがとう……」
思わず胸がじーんとしてしまう。
厚意に報いるよう、勉強も、家事も今まで以上に努力しよう。沙也子は心の中で闘志を燃やした。
「今まで以上に家事を頑張ろうとか、妙な気合いを入れるなよ。そのままでいいから」
「う……」
さらりと心を読まれた沙也子は落胆しかけたが、それだけ両立は難しいと言いたいのだろう。
「分かった。その分、勉強の成果で返せるよう頑張るね。涼元くんを信じてついていく」
むんと拳を握って気合いに満ちた瞳を向けると、
(……笑った)
彼は、ゆっくり口元を綻ばせた。
少し嬉しそうな、照れ混じりの微笑みだった。