Dear my girl
沙也子の心配をよそに、出来の悪さにドン引かれることも、バカにされることもなかったが、一孝はスパルタだった。
覚え間違いをしているところを見つけては正し、根本的に理解できていないことは懇切丁寧に解説して叩き込む。そして、一孝が選んだ問題をひたすら解かせた。
数学が苦手な人間はとにかく数式に慣れることが肝要で、反復練習により解法パターンを頭に定着させる必要があるのだという。
理解はしても、すらすら解けるようになったわけではないので、必ず途中で引っかかる。式を何度も書いては消し、どうしても分からないときは一孝に質問すると、「ああ、それはこっちの式」彼はノートにさらさらと書きつけた。
(手が……大きくなったなあ)
長い指先、骨ばった手首。
Tシャツから伸びる腕は無駄のない太さで、間違いなく男の人の腕だった。
彼を怖いと思ったことはなかった。
一孝は必要以上に沙也子に近づかないし、今だって、互いの空気すら触れ合わないよう、テーブルの斜め前に座っている。
ノートをこちらに見せて解説しながら、一孝は眉を寄せた。
「ちゃんと聞いてるか」
「き、聞いてる聞いてる。なるほど……」
あわててノートにかじりつく。
沙也子のためにわざわざ時間を割いてくれているのだ。真面目に取り組まなければ申し訳ない。
さっそく教えてもらった式を使ってみれば、今度はきちんと解けた。
言われた意味を分かるようになっただけでも大進歩だった。ただ、質問したり間違えたりすると、類似問題を10問追加されるけれど。
沙也子は毎晩頭がパンクしそうになりながらも、少しずつ手応えを感じていた。