Dear my girl
* * *
休み時間に自販機へ向かっていた沙也子は、廊下で黒川蒼介に出くわした。
「よっ、谷口さん。おつー」
にこやかに手を振られて振り返すものの、彼のそばにいる女子ふたりの探るような視線が怖い。可愛らしいが派手めな印象で、見るからにカースト上位であることがうかがえる。
沙也子は大槻やよいの言いたいことを、真に理解した。問題は黒川だけでなく、彼をとりまくすべてだったのだ。
大槻のことを訊いてみたかったけれど、今はまずそうだ。
と思うのに、なぜか黒川は沙也子について来た。
「どこ行くの?」
「……自販機だけど。あの子たち、いいの」
(なんか、すっごい見てくるな……)
なるほど、「わたしは関係ありませんよ」と訴えたくなる。そんなこちらの心情など知らず、黒川は晴れやかに笑った。
「あー、今度遊びにいこーって言ってただけだから。大丈夫」
以前社会科教材室へ案内してくれたときと違って、空気がずいぶんやわらかい。
誰にでもフレンドリーに見えて、実はパーソナルスペースが広く、その外と内では心の許し方がはっきり違うのだろうなと思った。
とはいえ、これはチャンスだった。
歩いているうち自販機につき、沙也子はいちごオレのボタンを押した。ついでと思ったのか、黒川もコーヒー牛乳を購入する。
「黒川くんさ、大槻さんのことなんだけど、どう思ってる?」
「大槻さん? なんで?」
ストローを刺してゆっくり吸い込むと、口の中に甘さが広がっていく。疲れた脳が糖分を喜んでいる。
酸味とのバランスが絶妙で、いちごオレを開発した人は天才だと思う。ああ、美味しい。
沙也子は満足の息を漏らすと、黒川に向き直った。
「今まで接点なかったのに、いきなり話しかけられるようになって混乱してるみたい」
「えー? つったって、同じクラスだし」
ストローをくわえた黒川がぽかんとする。
沙也子はオブラートに包んで遠回しに言った。
「黒川くんって、ほら、かっこいいし目立つから」
これで伝わってくれ。
いちごオレをちゅーっと飲みながら、沙也子は念じた。
「つまり、気後れしちゃうって? 違うっしょ。俺に話しかけられるのが嫌なんだ。それを大槻さんは谷口さんに相談した?」
正確に伝わりすぎてしまった。
「いやいや、話しかけられるのが嫌っていうか、ええと、」
本来こういうことは苦手なのだ。冷や汗をかきながら、どう言いつくろうか考えていると、黒川が楽しそうに短く笑った。
「ごめん、分かってた。あの子、話しかけるとあからさまに嫌そうな顔するから、面白くてさ」
「ええ、わざとってこと?」
沙也子がつい顔をしかめると、黒川はいたずらが見つかった子供みたいに微笑んだ。彼を好きな女の子なら真っ赤になって胸を押さえそうな笑顔だった。
「からかってるつもりはないんだけど、なんか可愛くて。つい絡んじゃうんだよねー。自分からこんなに話しかけたいって思うの初めてかも」
「それ、全然伝わってないよ」
「だよねえ」
手持無沙汰のようにストローをかじる黒川に、少し本気の色が見えた気がした。
「分かってるなら、この際はっきり言っちゃうけど、すごく嫌がってる」
「マジか……」
黒川が真剣な表情になったので、少々気が咎めた。
彼が大槻と本当に仲良くしたいのであれば、それはそれで話は変わってくる。
「話しかけるなら、黒川くんが一人のときのほうがいいかも。さっきはわたしもちょっと怯んだし」
黒川も思うところがあるのか、素直に頷いた。
「あー……、なる」
「でも軽い気持ちなら、大槻さんのこと振り回さないでね。本当に本当に嫌がってるから」
「あの、そんなに何度も言われると、さすがに傷つくんですけど……」
「えっ、ご、ごめん」
はははと乾いた笑いを漏らす黒川に、沙也子は何度も謝ったのだった。