Dear my girl

 いつもは律と二人で食べるお昼も、作業の流れで他の女子たちとも食べることが多くなった。

「ねー、男子の買出し班、戻って来ないんだけど。サボリじゃない?」
「村松と田中? 2ケツで出て行ったの見たよ。あいつらそのままどっか行ってんのかな~」
「えっ、ふたりで消えたってこと? なにそれおいし、」
「律、律、心の声でてる」

 律はきつい印象で一見近寄り難く見えるが、かなりサバサバしていることが皆に浸透し、今では女子たちも気軽に接するようになっていた。
 腐女子だということはカミングアウトできていないけれど、バレるのは時間の問題ではないかと沙也子は思っている。

 沙也子がクラスの女子たちと食堂で昼食をとっていると、背後から爆笑する声がした。


「メロンソーダにタピオカ入れたらうまそうじゃね?」
「マリモみたいで、すげーまずそう」
「昨日、かあちゃんが慌ててるからどうしたのかと思ったら、ルンバが脱走したとか言ってさ」


 ちらっと後ろを見ると、一孝が黒川たちいつものメンバーと後ろのテーブルにいた。

(そういえば、涼元くんのクラスはタピオカ屋さんって言ってたっけ)

 簡単だからと黒川の発案らしいが、彼が売ればかなり女子の集客が見込めそうだ。
 当日は律と一緒に大槻やよいのもとへ顔を出してみようかと考えながら、沙也子は首に手をやった。指でごりごりと指圧する。

「どうしたの、肩こり? 沙也子めちゃ勉強がんばってたもんねー。疲れが出たんじゃない?」

 目ざとく律に気遣われて、沙也子は顔を赤らめ肩をすくめた。

「違うの。確かに頭から湯気出そうなほどがんばったけど。ほら、模擬店の準備、わたしすごい不器用だからさ。よけいな力が入っちゃって」

 特に紙風船作りがヤバかった。明らかに妙な物体を量産してしまったが、それも味だとみんな笑ってくれたのが救いだ。

 正面に座っているクラスメートの竹内が、にやりと笑った。

「谷口ちゃん、着やせしてるけど、いいものをお持ちだもんね。そりゃ肩もこるよ」

 沙也子はお茶を噴きそうになった。律は楽しげに笑い、竹内の言葉に便乗する。

「ほんとほんと、マジで羨ましい」

「なに言ってるの。律みたいにすらっとしてるほうが、絶対いいよ」

 むせながらもどうにか答えると、竹内が手をわきわきさせた。

「ね、マッサージしてあげよっか」

「えー、い、いいよ」

「私、家でよくやってあげるからうまいよ? じいちゃんもばあちゃんも私のトリコよ」

 そこまで言ってくれるからには気になってくる。自分の指圧だけでは凝りが取れず、日に日に肩の重みは増していた。
 沙也子はおずおずと竹内に言った。

「じゃあ、少しだけお願いしようかな」

「よしきた」

 背後に回った竹内が、沙也子の肩をつかむ。ふだん彼女がどのような力加減で祖父母をもむのか知らないが、急に怖気づいた。
 怖々振り向くと、竹内はきょとんとした。

「ん? どした?」

「あの……、わたし、はじめてで……。その、優しくしてくれる……?」

 誰かが喉を詰まらせたのか、後ろの方から激しく咳きこむ声がした。

 びっくりして振り向こうとしたけれど、竹内が肩をつかんでいるのでできない。彼女は笑いを堪えるように声を震わせた。

「大丈夫だよ~。怖くないからね~。力抜いててね~」

 律もなにが面白いのか、下を向いて笑いをかみ殺している。

「わたし、変なこと言った?」

「んーん。若干一名、瀕死になっただけ」

「なにそれ」

 沙也子は顔に疑問符を浮かべたが、誰も答えてくれなかった。


 竹内が、ぐっと指に力を入れる。肩をもんでもらうと、思いのほか痛気持ちよくて、沙也子は小さく声を漏らした。

「んぅ、」

「あー、かなり凝ってるねえ。ほら、ここも」

「あ……っ」

 さすが自信があるだけあって、竹内のテクニックは本物だった。彼女の祖父母がめろめろになる気持ちが分かる。まさに溶けそうだった。

「はぁ……気持ち、い……」

 以前祖母の家の近くでうろつく猫が可愛くて、よくマッサージをしてあげていたのだが、沙也子は今あの猫と同じ表情をしているだろう。

「はーい、終わりっ」

 最後にぽんと肩を叩かれ、ゆっくり首を回すと、肩のごりごりが消えていた。沙也子はすっかり感動してしまった。

「ありがとう。だいぶ楽になった! 本当にうまいね」

「ふふん、でしょー。またのお越しをお待ちしております」

「少し痛かったけど、気持ちよかった……」





 その頃、後ろでは、


「おい、涼元? どうしたっ!?」
「なんか鼻おさえて出て行ったぞ」
「黒川、なに笑ってんだ?」


 というやり取りがあったのだが、沙也子は知らなかった。

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