Dear my girl
「あ、あのさー、谷口」
心なしか吉田の顔色が悪い。庇ってくれたことでなにか不都合があるのかと、沙也子は心配になった。
「涼元にさ、俺が好きなのは、森崎だって伝えてくれない?」
「ええ?」
あまりの唐突さに、呆気にとられた。
言われなくても分かっていたけれど、なぜそれをわざわざ沙也子に言うのか。というより、なぜ一孝に伝えるのか。
「どうして?」
もしかして、ライバル宣言!宣戦布告!なのだろうか。
ということは、一孝は律のことが、好き?
(そんな素振りはなかった……。でも、わたしが知らなかっただけで、ひょっとして――)
「あ、違う違う!」
思考の海に沈みかけたところで、慌てまくった吉田が、大げさなくらい手をぶんぶん振った。
沙也子は自分がどんな顔をしているのか分からないまま、眉を下げた。
「違うって?」
「えーと、この際、森崎は関係なくて。もちろん涼元と森崎もなんの関係もなくて。俺が谷口に気があるって涼元に勘違いされたくないんだ」
冷や汗をだらだらかきながら、吉田は沙也子に訴えかける。沙也子はまったく意味が分からなかった。
「勘違いなんて、しないと思うけど」
「いや、涼元と谷口って、お似合いだからさ。よけいな波風立てたくないっつーか……。付き合ってないのが不思議なんだけど。さっきだって、俺が口挟まなければ、たぶん涼元が助けてたよ」
「お、お似合い? そんなこと、初めて言われた。それはないよ。助けてくれるのは、涼元くんが幼馴染を放っておけないからだもん」
沙也子が目を丸くすると、吉田もびっくりしたように沙也子を見た。
「えー、言われたことない? こっちが驚くわ」
「うん。子供のころから『釣り合ってない』はもう100万回聞いたけどね。まあ、涼元くんてすごいし、わたしはなにもできないし、当然なんだけど」
沙也子はおどけて微笑んだ。
100万回は言いすぎだとしても、耳にタコだった。小学校時代、6年の間にもう何度言われただろう。
吉田は憤ったように、はああ?と言った。
「なにそれ。谷口がそう言われてたの、涼元は知ってんの?」
「どうかなあ。涼元くんって、けっこう怖がられてたから。涼元くんに直接言う子はいなかったかもしれない」
沙也子には言いやすいのか、一孝に伝えたいことがあると、沙也子が窓口になっていた。伝えるかどうかは、勝手に判断させてもらったけれど。
教師までもが一孝のことを沙也子に相談したこともあった。
(ラブレター頼まれたこともあったな……)
一孝の機嫌が急降下したことは、未だに記憶に新しい。
『今度頼まれたら、直接渡すように言っていたと伝えろよ』
どうしようかと思ったが、結局二度と頼まれることはなかった。
ノスタルジーな気分に浸っていると、吉田はまるで迷子になった子供を見るような顔をしていた。