Dear my girl

 最初はまばらだった客足も、お昼近くになると満員御礼、廊下に列ができるほどだった。

 電子レンジはフルスロットル、沙也子もウーロン茶やジャスミン茶をとにかくポットに入れまくった。汗だくになりながらも、がんばった成果がこうして形として見えるのは、嬉しいし気持ちがいい。この分では夕方には完売できそうだ。

 休憩時間になり、他の女子たちは軽音部のライブに行くと言ったが、沙也子は断った。
 どこを回ろうかなあと、トートバッグからパンフレットを出して眺める。律と一緒に回りたかったけれど、時間が合わなかったのだ。
 カラフルな文字列を追っていき――タピオカ屋さんが目に留まった。

(涼元くんたちや、大槻さんに会いに行ってみようかな)

 

 本日はハロウィンということもあり、在校生も来校者も仮装をしている人が多い。客引きの着ぐるみが風船を配っていて、子供たちも楽しそうだ。

 一孝のクラスは、遠くからでも行列ができているのが分かった。
 行き交う女子は、みんなタピオカを持っている。沙也子は気持ちが萎えかけていくのを感じた。

 遠くからこっそり不審者のように窺っていると、ちょうど大槻やよいが教室から出てきた。

「大槻さん」

「谷口さん! わあ、来てくれたんですか? 取ってきますよ、どれにします? みんなも友達には行列関係なく渡してあげてるので、気にしないでください」 

 大槻が嬉しそうに耳打ちする。沙也子はその言葉に甘えることにした。あの列に並ぶ勇気はなかった。

「いいの? えーと……、じゃあ、ミルクティーお願いします」

 小銭入れからお金を渡すと、大槻はすぐに戻ってきた。美味しそうなベージュ色のミルクティーに大粒のブラックタピオカが沈んでいる。沙也子はうきうきとお礼を言った。

「わたし、何気にタピオカ初めて」

 さっそく吸い込んでみれば、ぷるんとしたモチモチの食感が面白かった。「美味しい」と頬を緩めると、大槻は少し焦った顔をした。

「そうだったんですか? うわあ……涼元くんに言えばよかった。わたしが谷口さんの初めてをもらってしまいました」

「い、言い方言い方。そんな、大した事じゃないよね?」

「大した事ありますよー。初めてのタピオカ食感に感動する谷口さんは、もう二度と見られないんですから。そうだ、写真に撮っておこう」

「えっ」

 有無を言わさずスマホを向けられ、沙也子はストローを咥えたまま、反射で笑顔を作った。

 なんだかよく分からないが、話を変えたくて、沙也子は行列に目を向けた。

「すごい、大盛況だね。黒川くん、張り切ってるの?」

「そうですね。いつもの無駄なスマイルが大活躍です。けっこう早めに売り切れちゃうかも」

 大槻も自分のクラスを見やり、ひとつ頷く。彼女の黒川に対する印象は相変わらずのようで、沙也子は苦笑した。


「ねえねえ、あのひと、かっこよくない?」
「連絡先、聞いちゃう?」


 タピオカを持った女子たちが、頬を染めて囁き合っている。私服なので、来校者なのだろう。黒川のことかと思っていると、彼女たちは一孝に駆け寄って話しかけた。

 それを柱の影からぼんやり眺めている沙也子に、大槻は明るい声を出した。

「谷口さん、このあとは戻るんですか?」

「ううん、休憩中なの。あっ、大槻さんも、うちのクラスでなんか食べない? けっこう美味しいよ」

「ごめんなさい。行きたいところですが、これから写真部の店番なんですよ」

「大槻さん、写真部なんだ」

 意外なような、ぴったりのような。思わずまじまじ見つめていると、彼女はにっこり笑った。

「よかったら、遊びに来ませんか? サービスしますから」

 部員が撮った写真をポストカードにして売ったり、衣装を貸し出して記念撮影などしているらしい。興味をそそられ、さっそくついて行くことにする。

 大槻は途中で、沙也子のクラスの杏仁豆腐をテイクアウトし、一緒に展示室へ向かった。

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