Dear my girl
廊下に出ると、あちこちで派手な仮装が見られるため、カボチャのお化けに注目する人はいなかった。
各教室から軽快な音楽やお客さんのざわめきが聞こえてくる。模擬店は誰も彼もが一生懸命で活気に溢れ、見ているだけでも十分楽しい。
歩き回る途中で、以前しつこく声をかけてきた先輩男子を見かけてギクリとしたが、まったく気づかれなかった。なるほど、これは便利だ。
誰も沙也子を気に留めない。話しかけてこない。
ものすごく、気が楽だった。
ふと前を見ると、遠くから一孝がこちらにやって来るところだった。
彼はあたりを見回しながら、何かを探すみたいにきょろきょろしている。途中、魔女っ子スタイルの女子たちに話しかけられて、ふいっと無視した。
(涼元くんも、休憩中なのかな)
すぐ目の前まで来たので、思わず足を止めてしまう。
彼は当然気づくことなく、そのまま沙也子とすれ違った。
被り物をしているのだから、当たり前だった。
それなのに、
(わたし、どうしてがっかりしてるの……)
先ほどまでは誰にも気づかれずに気が楽だと思っていたのに、急に例えようのない寂しさを感じた。
と、急に後ろから衝撃を感じて、沙也子はつんのめって転んだ。
「きゃああっ」
「こら! だ、大丈夫ですか? すみません、うちの子が……!」
どうやら子供がタックルよろしく後ろから抱きついてきたらしい。母親に何度も頭を下げられ、沙也子は座り込んだまま両手を振った。
「いえ、大丈夫ですから。お子さん、怪我ないですか?」
男の子はいたって元気で、またダーッと走って行ってしまった。
「待ちなさい、もう! 本当にすみません」
母親は沙也子にぺこぺこしながら、子供を追いかけて行った。
子供のエネルギーを微笑ましく思いながら立とうとして――誰かが目の前に立ったので、沙也子は顔を上げた。
カボチャの口から目を凝らすと、一孝が訝しげに見下ろしていた。
「……谷口?」
(どうして……)
内心かなり動揺したけれど、沙也子は咄嗟にとぼけてカボチャ頭をひねった。
誰ですか、それ。人違いです。とばかりに。
けれども、一孝は沙也子のカボチャに両手をかけ、ひょいっと持ち上げてしまった。
急に視界が広がり、沙也子は驚きに目を見開いた。
「やっぱり。なんで無視するんだよ。つか、なにその格好」
目の前の幼馴染はしゃがんで目線を合わせ、仏頂面で沙也子を見つめてくる。
頬が痛いくらいに熱くなった。