Dear my girl
13.
一孝に気づかれないのも寂しかったが、いざバレてしまうと、いたたまれなさの方が大きくなった。
とぼけて無視した手前、非常に決まりが悪い。沙也子は目をそらして唇を尖らせた。
「だって、恥ずかしくて。なんで分かったの?」
「そんなの……声聞けば分かる」
立ち上がった一孝は、沙也子に手を差し伸べた。少し迷ったけれど、沙也子はその手を握った。
大きくて、あたたかい手だった。
「えー、そんなに特徴ある? ……いたっ」
足首に力を入れると、鋭い痛みが走った。沙也子が再びへたり込むのを見て、一孝が眉を寄せる。
「ひねったのか?」
「たぶん、ちょっとだけ。すぐ治ると思う」
腫れなどは感じないので、一時的なものだろう。足首をさすって確認していると、急に目の前がオレンジ色の世界に包まれた。
カボチャを被せられたのだと気づいたときには、マント越しに膝の裏と腰を支えられ、体がゆっくりと持ち上がった。
「わああっ! やっ、なに、待って!」
荷物を担ぐような勢いで、向かい合わせに抱き上げられて、沙也子はあわてて一孝の肩をつかんだ。視界がものすごく高くなる。
「触られて気持ち悪いだろうが、少し我慢して。保健室に行く」
自分の肩のそばで一孝の声が聞こえた。あまりの近さに、沙也子は思いっきり動揺した。
「全然大丈夫だから! 降ろしてっ」
「暴れるなって。怪我がひどくなるだろ」
「やだやだ、重いってば! 自分で歩けるし、恥ずかしいよ。お願いだから降ろして」
「そんなの被ってたら、誰も谷口だって分かんねーよ。すぐ着くから目をつぶってろ」
カボチャの向きを整えると、元いた場所がぐんぐん遠ざかっていくのが見える。かなり大股で歩いているようだ。
カボチャのお化けを担いで急ぐさまは物珍しいらしく、誰もが振り返った。沙也子ひとりの時とは大違いだ。
被り物で顔が見えないということが、最大の幸運だった。
だというのに、あちこちから自分たちを気にする声が聞こえてくる。
「なんだあのカボチャ。涼元が抱えてるってことは、谷口さんかあ? なんかのゲーム?」
「ねえ、あのカボチャ、谷口さんかな。どうしたんだろ。具合でも悪くなった?」
「谷口さん、収穫されちゃったの? 大丈夫?」
(なんで、わたしだって分かるの……)
しかも転校生だからか、知らない人まで自分を知っている。沙也子はひたすらきつく目をつぶって耐えた。直接話しかけてきた人には、大丈夫だとカボチャ頭でこくこく頷く。
それにしても、一孝が以前ほど周囲から恐れられていないのではないかと、沙也子は肌で感じた。
おそらくほんの数分なのだが、永遠にも感じていると、ようやく喧騒から離れた。渡り廊下を通じて模擬店のある校舎を離れ、保健室へと向かっていく。静かになったことで、ホッと身体の力が抜けた。
「涼元くん。本当に大丈夫だから。わたし、歩くよ」
一孝は沙也子を降ろすどころか、話をそらした。
「お前、今までどこにいた? そっち行ったらいねえし、一人でどっか行ったとかいうし。電話したんだけど」
「えっ、ごめん。スマホ見てないや。なにか用事だった?」
「いや、もういい」
「? そう?」
いつもより頭2個分ほど高い視界で、一孝の後方を眺めながら、沙也子は子供の頃を思い出していた。
『ごめんね、涼元くん……。わたし、あるくよ』
『いいから。しっかり掴まって、落ちないことだけ考えてろ』
転んで膝に怪我をした沙也子を一孝はおぶって家まで送ってくれたことがあった。彼は自分のランドセルを前に背負い、よろよろしながらも、最後まで沙也子を降ろさなかった。
まったく成長できていない自分が情けなくなる。
それでも、一孝の変わらない優しさに目の奥が熱くなった。沙也子はぽつんと呟いた。
「……気持ち悪いわけないよ。涼元くんだもん」
一孝は特に答えなかった。聞こえなかったのかもしれない。
引っ越していろいろあってからは、またこんな風に会えるなんて思わなかった。
一孝の歩幅の分だけ、一歩、また一歩と景色が遠くなる。
沙也子はもう一度、少しだけ目を閉じた。