Dear my girl
保健室につくと、不在の札が立てられていた。
ようやく降ろしてもらい、沙也子は被り物を外した。
「先生、どこか行ってるのかな」
一孝が迷うそぶりも見せることなくドアに手をかける。鍵はかかっておらず、彼はすぐに中に入った。
勝手に入り込んでもいいものか、沙也子はあわてた。
「ま、待って。いないのに」
「こういうときのための保健室だろ」
一応とばかりに来室者ノートに記名した一孝は、薬剤棚から湿布を取り出した。沙也子を椅子に座らせ、自分も向かいに座る。
「足……、自分でやれる?」
「うーん、実は、もうほとんど痛くないんだけど」
ここまで運んでもらっておきながら、沙也子は心苦しくなる。
ひねった方の足を出そうとして、マントがもたついてうまくいかず、沙也子は一度腰を浮かした。身体を包んでいたマントを外して下にパサッと落とす。
一孝は呆然と沙也子を見て――
そのまま椅子ごと、ゆっくり後ろに倒れた。
ガッターン!と大きな音が響き渡る。
「涼元くん!」
沙也子は急いで一孝に駆け寄った。
あの倒れ方では、思い切り頭をぶつけてしまったのではないだろうか。あまり動かしてはよくないかと思ったが、硬い床に倒しておくのは忍びなく、沙也子は一孝の頭を自分の膝に乗せた。沙也子も気が動転していたのだった。
「大丈夫っ!?」
顔を覗き込むと、一孝は目を見開き、はっきりと顔を赤らめた。そして、
「涼元くんっ、鼻血……っ」
「……あ、」
「頭をぶつけたからかな……。ごめん、いったん、頭を床に置くね。ガーゼ取ってくる」
救急箱から急いでガーゼを取り出すと、一孝が自分でやるというので、それを手渡した。
彼は鼻を押さえながら、緩慢な動きで起き上がった。沙也子を避けるように俯いてしまう。
「どうしよう、病院に行く?」
「……大した事ない。もう止まる」
「でも、頭を打ったみたいだし」
「大丈夫だって言ってるだろ。それより、なにその恰好」
沙也子はハッとなって自分の姿を見下ろした。
小悪魔がテーマのワンピース。大槻に借りた衣装のことを、すっかり忘れていたのだ。
途端に恥ずかしくなり、沙也子は真っ赤になった。
「大槻さんの写真部に顔を出したの。そしたら、ハロウィンの衣装を勧められて、ちょっと着てみようかと……」
「……ほかに、誰か見た?」
「ううん? 大槻さんだけ」
自分でも分かっていたけれど、かなりヤバいらしい。鏡を見たとき、とんでもなくイタい人がいると思ったものだ。
カボチャの中身が沙也子だとバレたときの比ではなく、とてつもなく恥ずかしかった。
せっかく沙也子のために保健室に運んでくれたのに、倒れて頭はぶつけるわ、変なコスプレは見せられるわ。申し訳なさすぎて涙が出そうになる。
「ごめ……」
「似合って、る」
……はあ? と沙也子は口を開けた。
もしかして、空耳?
呆気にとられていると、一孝はさらにぼそっと言った。
「かわいい……と、思う」
「ほ、ほんとに……?」
鼻を押さえて俯いているので、彼の表情はよく見えない。一孝から上から目線ではなく褒められることなど初めてのことで、沙也子は戸惑った。