Dear my girl
(もしかして……)
泣きそうになっていたから、気を使ってくれたのだろうか。沙也子が恥ずかしい思いをしないように?
「ありがとう……。嬉しい」
「だから、俺以外にはそういうの、絶対見せるなよ」
一孝の優しさに胸をあたためながら、沙也子は嬉しさのままに微笑んだ。
「うん、大丈夫。もう二度と着ないから」
「えっ、ちが、そういう意味じゃなくて、」
ぱっと一孝が顔を上げる。血は止まったみたいだけど、制服のシャツに鼻血がついてしまっていた。さほどひどくはないが、明らかに血だと分かってしまう。
「涼元くん、シャツについちゃってる」
一孝は自分の胸元を見ると、顔をしかめた。
「あー、いいよ。どうせもうすぐ終わるし」
「クラスTシャツとか、なかったの?」
「希望制だったからパスした」
――こんな機会が巡ってくるとは。
沙也子はドキドキしながら、自分のトートバッグに手を伸ばした。
「じゃあ、ちょうどよかった。わたし、涼元くんにプレゼント買ったの。勉強のお礼と、誕生日のお祝いをかねて」
一孝は、驚いたように目を瞠った。
「……俺に?」
なんとなくずっと持ち歩いていたのだが、こんな形で役に立つとは思わなかった。沙也子は包みを一孝に渡した。
「安物で悪いんだけど、Tシャツなの。よかったら、今着て?」
律に付き合ってもらい、メンズショップをあちこち見て回った。どうしても決められず、結局無難に、スポーツブランドのTシャツにしたのだった。
「……着れない」
「あっ、ごめん、好みじゃない?」
「谷口のプレゼントなんだろ。もったいなくて着たくない」
「ええ? 着てよ。着倒してもらうために買ったんだから。ね?」
もったいないだなんて。もしかしたら、誕生日プレゼントをもらうこと自体、久しぶりなのだろうか。
小学生の頃は、沙也子が家に招いて母の深雪とお祝いしていた。一孝の父はおおむねスカイプでの参加だったが、プレゼントは送ったと言っていた。それも、高校生の今はどうか分からない。
一孝はTシャツを手に少し逡巡し、おもむろに制服のネクタイを引き抜いた。それからシャツのボタンに指をかける。沙也子は急いで横を向いた。
着終わった空気を感じて彼を見てみると、無難なTシャツなのに、やけにおしゃれに感じた。着る人によるのだなあとぼんやり思った。
「あの、それでね。テスト結果がすごくよかったから、それだけじゃ感謝が足りないと思って」
「……えっ」
もう一度トートバッグの中を探り、沙也子は縦長の小箱を取り出した。
「先に中身を言っちゃうと、キーホルダーなんだ。涼元くん、鍵をそのまま持ってたから」
一孝は、ぽかんと小箱を見つめていた。
「一日早いけど、誕生日おめでとう、涼元くん。明日あらためてお祝いしよう? 食べたいものある?」
一孝の誕生日は、明日、11月1日だった。
甘いものは得意ではないみたいなので、その分料理をがんばろうと思う。
彼が固まったまま反応しないので、やはりささやか過ぎたかと心配になった。
「気持ちばかりのものでごめんね。来年は、もっといいもの考えるから」
だから今回は甘んじて受け取ってほしい。
そんな気持ちを込め、プレゼントを差し出して小首をかしげると、一孝は顔を手で覆って上を向いた。
「……俺、今日しぬかもしれない」
「ええっ! だ、大丈夫? また鼻血出た!? それともやっぱりぶつけたところが、」
頭の怪我を確認しようと、沙也子は立ち上がりかけたが、手で制されてしまった。
「大丈夫。心頭滅却は得意だから」
「なにそれ、どういうこと?」
沙也子はきょとんとして見つめたが、一孝は答えなかった。
「涼元くん、時々なに言ってるか分からないよ」
「分からなくていいよ。今は」
突き放されたように感じなかったのは、一孝が微笑んでいたからだった。