Dear my girl
14.
夕方近くに、飲茶カフェは無事に目標数を売り切った。完売だ。
クラスメートたちが感激にはしゃぐのを見ながら、森崎律は、こういうのも悪くないな、と思った。
「森崎さん効果、バツグンだったもんね~!」
「ほんと、りっちゃん見たさにリピートするひと多かったもん」
「でしょー!」
「なんで谷口ちゃんがドヤるのさ」
みんなで片づけを進めながら、教室内に笑い声が響き渡る。
だいたいにおいて、律は常にクラスで浮いていた。あまり行事に参加することもなく、一歩引いて見ていることが多かった。
こうして喜んでいる級友たちを目の当たりにすると、気が進まなくてもがんばってよかったと心から思う。素直に嬉しい。
「も、森崎。お疲れ様。これ、担任からみんなに差入れだって」
声をかけられて振り向くと、クラスメートの吉田だった。やけに緊張した面持ちで、飲みきりサイズのペットボトルを差し出してくる。
「ありがと。吉田もおつかれ」
律はそれを受取り、愛想笑いを浮かべた。吉田の頬が、ほんのり染まる。
明るくて優しいクラスの人気者。
律は彼を見るたび、BLのキャラを思い出してしまう。
吉田によく似た爽やかで人懐っこい人気者の攻めが、不愛想でクールな一匹狼の受けを巧妙にからめとっていく作品で、攻めの二面性が律のツボだった。
『あーあ、こんな姿、誰にも見せられないね……?』
吉田もそういうところがあったら萌える……。
「……でさ、最近、俺あれにハマってて……って、あの、聞いてる? 森崎」
律はハッと我に返った。吉田がずっと話しかけてきていて――なんの話だっけ? 漫画?
「あー、今流行ってるやつでしょ? 地球侵略をもくろむ宇宙人と地底人が、日本人のストレス社会にもまれて軒並み病んでいくっていう……」
「ちげーけど! でもなにそれ、面白そう」
上の空だった律を咎めるでもなく、吉田は屈託なく笑った。
最近沙也子によく話しかけているのを見かけるが、涼元一孝が気にしていないので、妙な下心などはないのだろう。あの男は昔から沙也子に気がある男子への察知能力が半端なかった。
一孝に牽制されれば、男子は引くしかなくなり、沙也子に気づかれないまま、その恋は終わる。
それは、この学校に来てからも同じかもしれない。一孝が沙也子を大事に想っていることは、もはや周知の事実だった。
沙也子は自分がモテないと思っているけど、彼女の笑顔に惹かれる男子はいる。(最近仲良くなった女子たちに聞いたからソースは確かだ。)
それが伝わらないのは、本人の鈍さもさることながら、あの男のせいでもあった。
そんな大切な女の子が、離れている間に辛い思いをしていたなんて。
一孝が告白しない理由が、律にはよく分かった。
彼のことは昔から気に食わないが、律とて、その心情は察するに余りある。
しばらく吉田と漫画の話をしていると、校内放送で後夜祭の案内が流れた。
後夜祭は、在校生のみで行われる締めの儀式だ。達成感や解放感を分かち合うため、かなり無礼講なところがある。昨年は全校生徒の前でうっかり告白されそうになった。
律にとっては面倒ごとのニオイしかしない。
吉田は目線を上にして放送を聞いたあと、何やらそわそわし始めた。
「あのさー、森崎、後夜祭って誰かと約束してる? 谷口?」
「んー、私、行くとこあるから」
そっか、と苦笑する吉田は、どこからどう見ても爽やかイケメンだった。
この顔が病んだ笑みを浮かべるところ(※但し対象は男子に限る)が見てみたいと律はこっそり思った。