Dear my girl
* * *
文化祭の翌日は校内の後片づけに充てられ、そのまた翌日は振替休日となっている。
沙也子はリビングでモップをかけながら、一孝の部屋のドアをちらっと見た。
校内の片づけは午前中で終わったため、昨日は約束どおり、一孝の誕生日をお祝いした。
といっても、すでにプレゼントは渡してあるので、夕食に少し良いお肉を購入しただけ。ネットで焼き方のコツを調べてステーキにしたところ、気持ちのいい食べっぷりだったことから、きっと喜んでくれたのだと思う。
甘いものは得意ではないそうなので、小さめのケーキを沙也子が選び、ほとんど沙也子が食べた。
そして振替休日の今日、一孝は朝から熱を出してしまったらしい。
沙也子が朝起きるとメールが入っていて、体調が悪いので朝食はいらないとのことだった。
頭を打ったからか、それとも昨夜の料理が原因かと、沙也子は当然慌てたが、熱が出ただけなので心配はいらないとメッセージが返ってきた。
確かに今朝はぐっと冷え込み、今季の最低気温を更新した。二日前の季節外れの暑さとの寒暖差にやられてしまったのかもしれない。今日が振替休日でよかった。
(病院行かなくていいのかな。薬は……? 食欲がなくても、なにか食べないとだし。水分とかどうしてるんだろ)
心配でメールを送り、しばらく待ってみたけれど、返事はなかった。
起こすのはかわいそうなので、返事を待たずに買い物に行くことした。もし必要なくても、沙也子が使えばいいだけのことだ。
スーパーの薬局で解熱剤や冷却シートを購入し、食品売り場に向かう。
買い物かごに、食べやすそうなゼリーやスポーツドリンクを入れた。食欲が出てくれば、うどんやおじやもいいかもしれない。材料を選んでいると、後ろから声をかけられた。
「すみません、ハチミツってどこですかねえ」
「え、」
可愛らしいおばあちゃんにニコニコと尋ねられ、沙也子は自分が店員ではないと言えなかった。御用達のお店なので、場所は熟知している。
3つ隣の棚に連れて行ってあげると、おばあちゃんはハチミツを手に取り、お礼を言って去って行った。
そこで品出しをしていた男性スタッフが、申し訳なさそうに何度も頭を下げてくる。
「すみませんでした。あの、何度か助けていただいてますよね。申し訳ないです」
そう、この一度だけではなく、沙也子はもう何度となく店員に間違われている。もちろんエプロンなど身に着けていないのに、私服だろうと制服だろうと声をかけられるのだった。
しかもそれはこのスーパーに限ったことではなく。きっと沙也子の体質のせいだと思う。
店員に謝ってもらうようなことではないし、むしろ知られていたことが恥ずかしい。沙也子はあいまいに会釈しておいた。
家に帰ってリビングに繋がるドアをノックしてみたけれど、人がいる気配はなかった。一孝はまだ自室で寝ているようだ。
そっと中に入り、食材を冷蔵庫にしまう。それから鎮痛剤と冷却シートをしばらく眺め、沙也子は直接一孝に声をかけることにした。
「……涼元くん? 大丈夫?」
控えめに彼の部屋をノックしても、反応はない。沙也子は少しだけ迷ってから、ドアに手をかけた。鍵がかかっていたらそれまでだ。
(……開いた)
カチャッと小さな音を立てて、ドアがゆっくりと開く。少しだけ顔をのぞかせ、沙也子は囁くように呼びかけた。
「涼元くん? ごめんね、入るよ……?」