Dear my girl
「重いもの買う予定なかったから。でも、ありがとう」
お米や重い調味料を買う時は必ず声をかけるように言われている。それだけで、沙也子は十分助かっていた。
「これから、さっそく準備するね。できたら呼ぶよ」
「分かった。なんか手伝うことあったら言って」
そう言った一孝は、自室に戻らず、ソファに座った。足を組み、なにやら分厚い本を膝に広げて読み始める。
(えっ、ここにいるの?)
本音を言えば、何も手伝わなくていいから、出て行ってほしかった。妙に緊張しそうで、料理をしているところはあまり見られたくない。でも、家主の息子に部屋を出て行けなど言えるはずもなく。
一孝は本の文字を目で追っている。集中しているようだし、彼のことは家具の一部と思うしかない。
何気にひどいが、そうでも思わないと失敗してしまいそうだ。沙也子は気持ちを切替えてエプロンをつけた。
鶏もも肉に下味をつけ、冷蔵庫に置いておく。それからアサリの砂抜きをしている間に、野菜類を全て刻んだ。
フライパンにマーガリンを落として溶かすと、食欲をそそる香りが広がっていく。
材料を炒めたあと、小麦粉や牛乳などを加えてとろみがつくまで煮詰め、グラタン皿へ慎重に移した。思わず息を止めてしまう。
(まずはグラタン準備できた)
あとはピザ用チーズをたっぷりかけて、ブロッコリーでクリスマスツリーをデコレーションするつもりだ。後ほどオーブンで焼けば完成である。
次はサラダに取りかかった。レタスとサラダ菜をたっぷりと乗せ、その上に刻んだラディッシュとアボカド、トマトやゆで卵をどっさり乗せて、コブサラダ風にした。切って並べただけなのに、彩り華やかで美味しそうに見える。ネットで得た知識だった。
サラダを冷蔵庫に入れ、次は牛肉ブロックを手に取った。
鍋にたっぷりお湯を沸かし、その間に牛肉に塩胡椒。フライパンで全体に焦げ目をつけたら、ラップとジップロックに包んで、お鍋にそっと入れた。
スマホの料理アプリで確認すると、沸騰して3分。火を止めて、お肉に重りを乗せて20分ほど放置とのこと。その間にお肉を焼いたフライパンでソースを作った。
あとは全て火を通すだけなので、沙也子はいったん休憩に入った。ダイニングテーブルでお茶を飲んでいると、一孝が小さく唸った。
「ヤバい……腹減ってきた」
「食欲そそる匂いだよね」
沙也子も笑って同意した。作りながら、猛烈に空腹を感じていた。
時間は16時過ぎ。さすがに少し早い気もする。
「もう準備しちゃっていいかな。それとも、何かつまんどく?」
「もったいないから待ってる」
楽しみにしてくれていることが嬉しくて、沙也子は「じゃあ作っちゃうね」とはにかんだ。