Dear my girl
なにかあったのだろうか。こんなことなら、スカした態度を取らず素直に住所をきいておけばよかった。
そして一年近くも悶々と心配しているうちに、一度くらいは連絡できるはずだと気づいた。
きっと、あちらでの生活の方が楽しくなったのだ。一孝のように沙也子の笑顔に惹かれてそばにいる男がいるのかもしれない。
後ろを振り返りもしない母親の姿と沙也子が重なる。
――もう、なにもかもどうでもいい。
とにかくひとりでいたくなくて、学校が終わればふらふらと夜の街をさまよった。身長と大人びた顔立ちのせいで、高校生か大学生に間違われることが多く、適当に遊んだり、声をかけてきた女について行ったこともある。
それでも沙也子の顔がちらついて触れることができず、二度はなかった。
つまらない、ささくれ立った毎日。
でも孤独より喧騒の方がマシだった。
そんな無気力で擦れた日々を送っていたある日。夜中に帰ると、父親が玄関で待っていて、いきなり殴られた。
家政婦が素行を報告していたのだろう。父親とのスカイプもずっと無視していたので、しびれを切らして帰国したらしい。
「いてえな。普段ほったらかしのくせに、父親ヅラするんじゃねえよ」
「沙也子ちゃんが大変な時に、よくそんな馬鹿な真似ができるな。知らなかったとはいえ、情けないにもほどがある」
沙也子の名が出て胸がずきりとしたが、それ以上に気になった。
(大変……?)
「……なんのことだよ」
「一度も手紙が来ないからって、ふてくされやがって。……引っ越してすぐ、沙也子ちゃんのお母さんは、事故で亡くなったそうだ」
「……えっ」
言われた言葉がすぐ飲み込めなかった。
一度聞けばなんでも覚えてしまうのに、こんなことは初めてのことだった。
誠司はぐっと顔をゆがめ、呼吸を整えた。それから、A4サイズの封筒を差し出してくる。ぼんやり見ていると、父は声を震わせた。
「沙也子ちゃんと連絡が取れれば、お前が落ち着くんじゃないかと思って、興信所に頼んで住所を調べた」
「はっ!?」
よけいなことを、とか、バカじゃねえの、とか言いたいことが頭をよぎったけれど、声にならなかった。それより沙也子の母が亡くなった衝撃が大きすぎた。
呆然と父親を眺めることしかできずにいると、誠司は再び声を詰まらせた。
「……興信所は住所だけでなく、沙也子ちゃんの状況まで調べてきた。彼女のお母さんが事故にあっていたころ、学校帰りの沙也子ちゃんは、変質者に襲われていたそうだ」
「な……」
「幸い通行人が通報して、最悪なことにはなっていないらしいが……お母さんのことといいショックが大きすぎて、耳が聞こえなくなり、しばらく入院していたと……。でもおばあちゃんのことが心配だったんだろうな。リハビリを頑張って、今では普通に日常生活を送っているようだ」
言葉が出てこなかった。
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。ぐわんぐわんと耳鳴りがする。
そんな――そんなことがあるのだろうか。
一孝に生活を改めさせるためについた誠司の嘘だと思いたかった。だけど真実であることは父親の様子を見れば嫌でも分かる。