Dear my girl
食べる要員の務めを、一孝はしっかりと果たしてくれた。
少し残った分は、明日の朝食にまたふたりで食べることにする。
沙也子は自分の冷蔵庫から、いそいそとケーキを持ってきた。一孝はほとんど食べないだろうから、かなり小さくしたつもりだ。
心を弾ませながらコーヒーを用意して、自分の分だけ牛乳を入れた。
「涼元くん、ひとくちくらい食べる?」
包丁を手に訊くと、一孝はじっとケーキを見た。
沙也子の大好きな苺を、これでもかとふんだんに乗せさせていただいた。まるで、宝石箱のよう。
「もしかして、これ谷口が作った?」
「あ、やっぱり分かる? ところどころ粗いもんね」
沙也子は照れ笑いを浮かべた。
とはいえ、作る過程は幸せだった。食べることを考えると、もっと幸せだった。多少出来が悪くても自分では気にならない。
一孝がまたスマホで写真を撮ったので、油断していた沙也子は心の中で「うぁぁ」と呻いた。自分の欲求のためだけに作ったので、画像に残されると恥ずかしい。
それでも、一孝が食べたいと言ったので、沙也子は顔を輝かせた。
「ほんと? 食べて食べて」
自分ひとりで楽しむのもいいけれど、作ったものはやはり食べてもらってこそである。
沙也子は一切れ分を皿に乗せ、一孝に渡した。
「甘さ控えめにしてあるけど、無理そうだったら残していいからね」
太ることを気にしたと同時に、もしかしたら彼も食べるかもしれないと考えたのだが、控えめにしておいてよかったと思う。
一孝は「さっぱりしてる」と言って、一切れ全てを食べた。
沙也子も艶やかな苺と生クリームを口いっぱいに楽しんでいると、
「これ、やるよ」
テーブルの上に、包装された箱を置かれた。苺が、ぐっと喉に詰まりそうになる。
「え……あの、ごめん。わたし、何も用意してなくて……」
思わず口を押さえて苺を咀嚼していると、一孝は苦笑いした。
「もう十分もらったよ。全部美味かった」
沙也子はプレゼントを見つめた。唇を舐め、フォークをそっとケーキ皿に置く。
「開けてみてもいい?」
「そんなに、たいしたもんじゃねえけど」
慎重に包装紙を剥がすと、箱には見覚えのあるロゴが書いてあった。よく行くパンケーキ屋のものだ。
蓋を開ければ、オリジナルのポーチと、お店で使えるギフトカードが入っていた。クリスマス限定のデザインらしく、星と雪の結晶がキラキラして、とても可愛い。
何の気なしにお店の話をしたことがあった。それを気にかけてくれたことが嬉しくて、沙也子の胸が熱くなる。
「ありがとう。すごく嬉しい。……まさか、お店まで買いに行ってくれたの?」
「俺があんなとこ行けるかよ。オンラインで買った」
一孝が顔をしかめるので、沙也子は笑った。確かにあのお店は女子ばかりで、カップルすらあまり見かけない。
あんなところ……というからには、一度買いに行こうとしたことがあるのかもしれない。想像して、沙也子はまた笑ってしまう。
「笑いすぎ」
面白くなさそうに言われ、沙也子はあわてて笑いをおさめた。けれど、どうしたって頬がゆるゆるに緩んだ。
「本当に嬉しい。おかげでクリスマス、とても楽しかった。どうもありがとう」
一孝はちらっと沙也子を見ると、コーヒーカップを手に取った。
「明日もあるだろ。水族館」
そうだった。まだクリスマスは終わっていない。
「うん。……楽しみ」
溢れ出る気持ちのままに、沙也子は微笑んだ。