Dear my girl
彼らしくない気もするが、言われた言葉はそうとしか考えられない。沙也子が思いつめていると、一孝は少し焦った口調になった。
「おい、何か勘違いしてる? 俺じゃなくて、お前のことだ」
「わたしの?」
びっくりして、つい大きな声を出した。
確かに声をかけられることは多いけれど、ナンパなんて一度もされたことがない。みんな何かのセールスか、幸せを祈りたいか、場所を訊きたい人たちばかりだ。
沙也子がそう言うと、一孝は「これだから……」と胡乱な目を向けた。
「道案内にかこつけたナンパだってあんだよ。だいたい、別々に来るのが間違いだった。次からは絶対こんな面倒なことしねぇ」
「だって、誰かに見られたら困るもん」
「困んねーよ」
そう言ったきり、一孝はふいっと窓の外に顔をそむけた。
女子から声をかけられたことが、よほど嫌だったのかもしれない。
沙也子だって道案内はいいとしても(困るけど)、しつこいキャッチセールスやお祈りの押し売りには辟易している。断るのだって多大なエネルギーがいるものだ。ナンパなど色恋が絡むと、沙也子が思う以上に大変なのだろうと思った。
(律もいつも煩わしそうだし、顔がよくても、いいことばかりじゃないよね……)
「涼元くん、かっこいいもんね」
一孝がぎょっと振り向いた。わずかに頬を染め、少し驚いた顔で見下ろしてくる。
ナンパを断るのも難儀だろうと、労いの気持ちをこめたつもりなのだが、彼の反応が思っていたものと違うので、沙也子は瞬いた。
「どうしたの? あっ、やっぱりナンパされたいとか」
「そんなわけねえだろっ」
一孝は間髪いれずに否定した。それから急に目をそらし、再び景色の遠くを見て言った。
「谷口は……俺のことを、かっ……、そう、思ってるってこと?」
「? うん」
「……いつから?」
視線を窓の外に固定したまま、さらに一孝が問うてくる。
「いつからって……」
小1で同じクラスになった時から、整った顔をしてる子だなと思っていた。迷子になった沙也子を助けてくれた時は、ヒーローみたいに見えた。
格好いいからとラブレターを預かったこともあるし、不機嫌そうにしていると目つきが鋭くて怖いと思われがちだが、沙也子は綺麗な切れ長の目だと思っている。
「初めて会った時から。小学生の頃からずっとそう思ってるよ」
モテないよりモテたほうがいいかもしれないが、もしも自分が……と思うと、ナンパなど辛いだけだった。
あらためて労う気持ちが込み上がり、沙也子はにこっと微笑んだ。
一孝はこちらを見て複雑そうな表情をすると、それを片手で隠して、沙也子に背を向けてしまった。
「涼元くん?」
また何か変なスイッチを押してしまい、機嫌を悪くさせてしまっただろうか。
沙也子は首をかしげて一孝を覗きこみ――彼の耳が赤くなっていたので、気づかないふりをしてゆっくりと体勢を元に戻した。