Dear my girl
「……くそ、そういう意味じゃないって分かってるのに」
呟かれた言葉は聞き取れなかったが、どうやら照れているらしい。
一孝の小苦労に理解を示したことで喜んでもらえたのは意外だったけれど、沙也子としても嬉しかった。
楽しい一日になるといい。高揚感を胸に、沙也子も流れていく風景を眺めた。
水族館のある駅に着くと、さすがクリスマスだけあって、たくさんの人で溢れていた。
友達同士のグループ、カップル、家族連れ。その人波について行く。
昨日の曇り空から一転、今日は青空が広がっていた。冬の空は澄んでいて高く、青く透き通っている。
周りの誰もが楽しそうな顔をしていて、なんとなく一孝の横顔を見つめた。すぐに目が合ってしまい、恥ずかしくなってうつむいた。
前髪を揺らす冷たい風が気持ちよかった。
中に入ると、トンネルのような巨大な水槽が訪れる人たちを出迎えた。
まるで海の中を散歩しているような感覚。沙也子は思わず声を漏らした。
「わぁ……」
横だけでなく頭上にまで、大小さまざまな魚が色鮮やかにたゆたっている。水槽上部から陽の光が射しこみ、水面がキラキラと輝いていて、とても幻想的だった。
「谷口」
放心して見惚れていたところで、背中を軽く支えられた。沙也子の脇を子供が走り抜けていく。一孝はその手をすぐに放した。
「上ばっか見てんなよ。転ぶぞ」
子供じゃないんだから、と思ったけれど、その通りだったので黙っておく。
顔だけじゃなく、触れられた背中からも熱が伝わってくる。沙也子は薄暗いことに感謝した。こんな顔、明るいところで見られなくてよかった。
エイがダイナミックに目の前を通ってゆく。小さな魚の群れが行き交い、微細な泡が水槽の中をきらめきながら昇っていく。魚たちは水槽を眺める人間たちを当たり前に気にすることなく、水の中をなめらかに楽しそうに泳いでいる。
「気持ちよさそ……いいなぁ」
広大な海とは比べようもなく、本当に小さな小さな世界だろう。でもその中でものびのびと泳いでいる姿は本当に綺麗で、気持ち良さそうだった。自然と心が和んでくる。
「生物って集中力がすごいよな」
「集中力?」
意外な言葉に、沙也子は一孝を見上げた。彼は魚の動きを目で追いながら、
「行動に対してためらいや迷いを持つのは人間だけだろ。生物には邪念がない」
ゆったり泳いでいた魚が、いきなり機敏にパクっと小魚を食べたからだろうか。
水槽を眺める一孝の横顔を見つめながら、沙也子は日ごろから思っていることを口にした。