Dear my girl
19.
施設内のカフェに入ると、まず壁一面のイラストが目に飛び込んできた。水族館にいる海の生き物たちがデフォルメされて可愛く描かれている。
店員に案内されたのは窓際の席だった。明るい陽射しが降り注ぎ、遠くには海が望めた。
沙也子は先ほどの憂いがだんだんと払拭されていくのを感じた。
「わー、すてきだね」
一孝を見上げて微笑んだ。
暗い顔をしていたら彼も気にするだろうし、せっかくの水族館、気持ちを切り替えて全力で楽しもうと思った。
沙也子はダッフルコートを脱ぎ、椅子の背もたれにかけた。ガラス張りの店内はなかなか暖房が効いていて、少し汗ばむくらいだった。
ふと気づけば、一孝が沙也子のショートパンツに注目していた。目が合うと、彼は何事もないようにコートを脱いで席に座った。メニューを手に取って眺め始める。
沙也子も椅子に座り、急いで自分の服装を確認した。厚手のタイツを履いているので、足が変に目立つということもない……はず。
「どこか……変?」
思い切って尋ねてみると、一孝はこちらをちらっと見て、またメニューに目を戻した。
「……全然変じゃない。むしろ逆。それより、何にする」
変の逆とは……? 変じゃないとは違うのだろうか。
しかし、すぐに決めろとばかりにメニューを見せられたので、訊ける雰囲気ではなかった。
沙也子はオムライスと海色ソーダにし、一孝は鯨カツのプレートにしていた。意外と冒険する人だ。
わりとイケると言っていて、ついじっと見ていると、一切れくれた。クセもなく柔らかくて美味しかった。沙也子はオムライスについていた海老フライをひとつあげた。
満足してカフェを出る頃には、イルカショーのちょうどいい時間になっていた。
開催時間まであと10分。場内はすでにたくさんの人で埋まっている。
「このへんにしよっか」
沙也子がちょうど見つけた2人分の場所を指差すと、一孝は首を傾げた。
「もっと近くで見なくていいのか。前の方、空いてるけど」
「確かに間近で見た方が迫力すごいと思うけど、イルカショーって水飛沫もすごいから。前行った時は夏だから男子なんてはしゃいでたけど、今は風邪ひいちゃう」
笑って答えると、一孝が押し黙ったので、今度は沙也子が首をひねった。
「どうかした?」
「……前に、男子って?」
「ああ。高一の時ね、社会科見学で行ったの。男子たちがずぶ濡れになってるの見て、離れててよかったーって。それにしても、ここ規模が全然違うね。この水族館すごく広くてびっくりした」
以前に見たイルカショーを思い出してわくわくする。この広さならかなり見応えがありそうで、沙也子の心は期待に弾んだ。
そんな沙也子を見て一孝は一瞬固まると、片手で目を覆ってうめいた。
「余裕なさすぎだろ……」
「え、そう? もうちょっとゆったりしてる場所にする?」
正面に位置しているため、わりと混み合っているエリアだった。サイドから見るのもそれはそれでオツなものかなと思い、空いている場所を探して見回していると、
「ちょっと違うこと考えてただけ。ここで見よう」
一孝が颯爽と座ったので、沙也子も大人しく隣に座った。
(なんだったんだろ……)
横顔を見つめても、しらっとしているので、深くは訊かないでおく。こうなると口を割らないことは分かっている。