Dear my girl
「なあ、お前さ、沙也子ちゃんのこと好きなんだろう」
「……うん」
その見知らぬ変態野郎をぶち殺してやりたい。自分のことも死ぬほどボコボコにぶん殴りたい。
痛みを感じるほどに拳を握り締める。身体を震わせている一孝の肩に、誠司はそっと慎重に触れた。
「父親らしいことしてやれてない俺が言うのもなんだけど……だったら、ふらふらしないでちゃんとしろよ」
「……うん」
大きく息を吐いた誠司は、そのまま廊下にあぐらをかいてうなだれた。
「……あの親子には、俺も癒やされていた」
帰国するたびに、誠司は手土産を沙也子と母親に手渡していた。もしかしたら好意を持っているのではと一孝は思っていたが、それを父に訊いたことはない。
そして誠司は、おそらく沙也子の祖母も長くはないだろうと言った。もし沙也子が一人になれば、誠司が後見人となって保護するつもりだとも。
そうしてこの夏に沙也子の祖母の訃報を受け、今回の再会に至ったのだった。
リビングに入る前に、念のためノックする。いきなり入って脅かさないためである。中から「はーい」と明るい声がする。
「おはよう、涼元くん」
胸が締めつけられ、一瞬反応できなかった。
また、この笑顔を見ることができるとは。
沙也子はきょとんとして、それから柔らかく微笑んだ。
「涼元くんの部屋なんだから、ノックしなくてもいいのに。ちょうど朝ごはんができたところなの。よかった」
(可愛い……もともと可愛かったのに、すげー可愛くなった……つか、エプロン姿やば……)
一孝はあらためて自分の理性に気合を入れた。
今すぐ気持ちを告げる気はない。肉親を亡くした彼女が、まずは落ち着いてゆっくりと暮らせるように……。
沙也子は痴漢などと控えめな言い方をしていたが、相当な恐怖だったはずだ。
そのころ自分は……。一孝はぐっと拳を握る。
後悔ならすでに死ぬほどしている。沙也子を傷つけるような真似は絶対にしない。父親もそんな一孝の気持ちを一応信頼しているからこそ、沙也子を一孝に任せたのだろう。
可愛い。愛おしい。
この笑顔を守るためならなんだってする。
必ず、沙也子を幸せにする。