Dear my girl
20.
昼休み。大槻やよいは白い息を吐きながら、裏庭で椿の写真を撮っていた。
昨日から降り続けた冷たい雨は朝方に止み、今はすっきりした晴天だった。雨露にぬれた葉が光を浴びて、きらきらと輝いていて美しい。
花だけでなく、露のついた葉を入れることで、しっとりとたたずむ雰囲気を表現したかった。
夢中になってシャッターを切っているうち、ファインダー越しに見知った女子の背中を見つけて、顔を上げた。
(あれは……)
やよいはクイっと丸い眼鏡を押し上げた。
谷口沙也子だった。
何かを手に、それを時々見ながらあたりをしきりに見回している。何をやっているのだろう。
「谷口さん」
声をかけると、彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。手に持っていたものが、ばさばさと地面に落ちてしまう。
「わあっ 脅かしてしまってすみません!」
「お、大槻さん?」
青くなったやよいは、大慌てで地面に屈んだ。そして拾おうとして――手が凍り付いたように動かなくなった。
「な……なんですか、これ」
声が掠れているのが自分でもわかった。
落ちたのは、谷口の写真だった。20枚はあるだろうか。すべて彼女がフォーカスされているもので、しかしカメラ目線はひとつもない。
「……なんでもないよ。こっちこそ、変に驚いてごめん」
しゃがみ込んだ谷口が急いで写真を拾う。雨上がりの雫をはらう様子に、やよいの金縛りがようやく解ける。大きく息を吸い込んだ。
「なんでもないことないですよね! それ……盗撮じゃないですか!」
思わず声を荒げてしまい、二人であわあわと周囲を確認した。裏庭にいるのは、やよいと谷口だけだった。ほーっと胸を撫でおろす。
写真に目を落とした谷口は、ぽつんと言った。
「やっぱり、そうなのかな……」
「……谷口さん、話してください。それ、どうしたんですか」
彼女はしばらくの間逡巡していたが、やよいが辛抱強く待っているので、やがてあきらめたように語り始めた。
「新学期が始まって少ししてから、これが靴箱に入ってたの」
谷口がブレザーのポケットから封筒を取り出すのを見て、他にもあったのかと、やよいは目を見開いた。
差し出されたそれは、3通の白い封筒だった。宛名に谷口沙也子様と書いてある。
「見てもいいですか」
こくんとうなずいたのを確認して、やよいは封筒から手紙を取り出した。そこには便箋の真ん中に一言、「好きです」と書いてあるだけだった。他の手紙も同様だ。
「ラブレター、……ですかね」
「そう……かなあ。1日おきに靴箱に入ってたんだけど、誰なのか分からないから、返事もできなくて」
そりゃあそうだろうと思う。名乗らないからには、返事を求めているわけではなさそうだが、これではあまりに一方的で自分勝手だ。
それどころか、
(気持ち悪いかも……)
やよいは眉根を寄せた。
「それで、仕方ないから放っておくことにしたら、今日はこれが……」
先程の盗撮写真が入っていたというわけだ。
谷口に断りを入れ、やよいは一枚一枚確かめた。教室の中だったり、移動中の廊下だったり、裏庭で森崎律とお弁当を食べていたり。
撮り手の下心が透けて見えるようで、やよいは胸のむかつきを覚えた。