Dear my girl
3.
朝食は定番の焼鮭に煮物、卵焼きとほうれん草のお浸しに、大根の味噌汁にした。
箸を進めながら、沙也子はしまったと眉を寄せた。いつもの癖で味が薄い。
「涼元くん、ごめん、全体的にちょっと薄かった。おばあちゃんとのごはんに慣れちゃってて、うっかりしてた」
「そうでもないけど」
本心のようで、一孝は大口で食べ進めていく。
そうかあ?と思いながら、沙也子は煮物を口に運んだ。高校生にはやはり薄いと思うけど、一孝は薄味が好みなのだろうか。
昨日沙也子を部屋に案内した彼は、到着した沙也子の引越し荷物を片付けるのを手伝い、スーパーの買い物まで付き合った。目視できるほど近くにあるため、一人で大丈夫だと言ったのに、「米とか重いものは、今買っておけば?」とついて来てくれたのだ。
沙也子はこっそり一孝を窺がった。とにかく見ているこちらの方が気持ちいいほどの食べっぷりである。これまで母や祖母と食事をしていた沙也子には新鮮だった。
(助けてもらってばかりじゃ悪いし、せっかくだから美味しいと思ってもらいたいな)
好き嫌いはないと言っていた。レパートリーを増やすべく、沙也子は気を引き締めた。
夏休みは残り1週間。
一孝はすべてバイトだという。
「なにやってるの?」
「配送の仕分けとか、ビル清掃」
「えっ意外。しかも掛け持ち?」
沙也子が驚くと、一孝はムッとした。
「なんでだよ」
「涼元くんなら、カフェとか接客のほうが似合いそうだなって。あくせく力仕事のイメージはないなー」
どちらかというと省エネで生きている印象だった。
一孝がちらりと沙也子を見やる。少し気安すぎたと後悔した。子供のころよく遊んだとはいえ、4年以上会っていなかったのだ。知ったようなことを言われたら気分が悪いはずだ。
「あの、」
「けっこう時給が高いから。それに、そういうところは絶対人間関係がめんどくさそう」
思いがけずきちんと答えてくれて、沙也子は瞬いた。そうしているうちにも一孝は朝食を終え、「ごちそうさま」と食器をシンクまで運んだ。
沙也子もあわてて味噌汁を胃に流し込み、ごちそうさまをして食器を片付ける。洗い物を済ませたタイミングで、一孝が洗面所から戻ってきた。
「昨日も言ったけど、遅くなるから食事は冷蔵庫に入れといて」
「分かった。いってらっしゃい」
微笑みかけると、一孝はじっとこちらを見つめて動かなくなった。
(なにか変なこと言ったっけ……。それとも、もしかして玄関まで見送ったほうがいいやつ?)
「谷口」
ようやく話しかけられてホッとする。
「なに? してほしいこととかあるならするよ? なんでも言って」
住まわせてもらうのだ。家政婦としてしっかり貢献したいと思っている。
けれども、一孝が片手で顔を押さえてしまったので、沙也子はますます戸惑った。
「涼元くん……?」
ハッと身体を揺らした一孝は、なんでもないと言った。
「……出かける前に、線香をあげたいんだけど。いいか」
「も、もちろん!」
言いにくそうにしていた理由が分かり、思わず沙也子は勢いよく即答した。母と祖母を気にかけてくれたことも嬉しい。