Dear my girl
22.
「谷口。さっきから、1ページも進んでねーぞ」
ぴしゃりと一孝に言われて、沙也子はハッと我に返った。
学年末テストを2月に控え、毎度のことながら一孝に勉強を見てもらっているところだ。
ノートを見下ろすと、最初の問題を解いたきりだった。もう1時間近く経っているのにだ。沙也子はすぐに問題集の文字を目で追った。
「ごめん。ちょっと、ぼうっとしてた」
「今日はもうやめとけよ。集中できねえなら、やる意味ない」
感情がこもっていないような声で言われて、沙也子の頬が熱くなる。せっかく一孝が自分の時間をさいて教えてくれているのに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ごめんなさい……。今度こそちゃんとやるから、続けさせてください」
誠意をこめて見つめると、一孝はそれ以上なにも言わなかった。
沙也子は2問目からまた問題集を読み返した。
しっかりと気合を入れ直す。こんな中途半端な心持ちでは、成績キープなんてできるわけがない。
勉強に身が入らなかったのは、大槻のことを考えていたからだった。
怖かった。本当は、とても怖かった。
誰かにひっそりと見られていること。
自分の知らないところで写真を撮られたこと。
沙也子は得体の知れない恐怖に怯えていた。
……怖いよ、お願い、助けて。
そう誰かに――、例えば一孝に言ったとしたら、きっと彼は沙也子を守ろうとしてくれるだろう。
でも、それではだめなのだ。こんな迷惑ばかりかけていたら、優しい彼はますます沙也子に絆されてしまうかもしれない。頼るわけにはいかなかった。
自分でどうにか解決しようとしていたところで、大槻に出くわした。
彼女は自分のことのように憤り、どうしたらいいのか一緒に考えてくれた。沙也子も相談できたことで気が緩んでしまったのがいけなかった。少し考えれば、大槻が危険な目に合う可能性だって否定できないのに。
彼女が自分にまかせてほしいと言ってくれてから、また2度ほど封筒が靴箱に入っていた。
沙也子は恐怖を覚え、大槻に探るのをやめるように再三言ったけれど、彼女は「もう大丈夫」の一点張りだった。
そして、本当にぱたっと手紙も写真も靴箱に入らなくなった。
大槻は何も言ってこないが、もしかしたら犯人が分かったのだろうか。何か危ないことはなかっただろうか。そう思うと心もとなくなり、そのことばかりに意識がいってしまうのだった。
今は考えるまい。
必死に問題に集中していると、
「……お前さ、最近なにかあった?」
ふいに訊かれて、沙也子はぎくりとした。
写真や手紙のことが頭をよぎる。
だけど、絶対に知られるわけにはいかず、沙也子は笑顔を浮かべた。
「なにもないよ。なんで?」
「別に……」
一孝はそう言ったきり、参考書を読み始める。
どことなく機嫌が悪いのは、沙也子が集中していなかったからだろう。
反省した沙也子は、気持ちを切り替え、勉強を再開した。