Dear my girl
* * *
帰りのホームルームが終わり、吉田が帰宅の準備をしていると、担任の松永が巨体を揺らして戻って来た。
「悪い、今日の日直……、谷口か。ちょっとこれのコピーを手伝ってくれ」
クラスメートの谷口沙也子は、嫌な顔ひとつせずに微笑んだ。
「分かりました」
「ほんとすまん。これを5クラス分だから、え〜、200部頼む。40ずつ分けて、職員室の俺の机に置いておいて」
それを聞いた吉田は、思わず担任を二度見した。
(おいおい、200って、けっこうな量じゃねーか)
担任の松永は普段人がいい教師なのだが、テンパると気が回らない時がある。
よほどの急用が入ったのか、谷口に数枚のプリントを渡すと、またどすどすと廊下を走って行った。
「谷口。手伝うよ」
見かねて声をかけると、彼女はやんわりと断ってきた。
「大丈夫だよ。ありがとう」
「つっても、200って大変だぜ? 一人より二人のほうがいいじゃん」
そこまで言ってから、吉田は少し声を潜めた。
「ぶっちゃけ、森崎にいいとこ見せたいだけだから。協力してよ」
わざとらしくニヤリと顎に手をかけてみせると、谷口はぱちくりと瞬き、おかしそうに笑った。
「でも、律は今、図書室に行ってるよ」
半分本気だったので、吉田はガビーンとショックを受けた。それを見て谷口はまた笑った。
「一緒に帰る約束してるから待ってるんだけど、じゃあ今のうちに、パッと手伝ってもらっちゃおうかな」
「オッケー」
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。
きっと谷口が吉田の厚意を森崎律に話してくれるだろう。
そんな下心満載でいたら、谷口は森崎にメールをしていた。吉田のことも書いてくれたらしい。なんていい子なんだ。
じーんと感動した吉田は、意気揚々と印刷室へ付き添った。
「谷口が教えてくれたおかげで、最近、漫画の話で盛り上がっててさー」
「あ、ほんと? それはよかった」
谷口はにこにこと吉田の話を聞きつつ、「どうしてこれがヤンデレ系なんだろ」とわけの分からないことを呟いていた。
印刷室にはちょうど誰もいなくて、コピー機2台をフルに使って無事に印刷を済ませた。
印刷物を谷口と抱えて(吉田が8割持ってあげた)担任の机に置いた帰り。教室に戻るべく廊下を歩いていると、三年の男子が声をかけてきた。
「ちょっといいかな。谷口さんに、訊きたいことがあって」
「わたし、ですか……?」
谷口は先輩が誰だか分かっていないようだった。
わりと有名人なのだが、彼女は転校生だから知らなくて当たり前だ。
「元生徒会長だよ」
吉田が教えてやると、谷口は瞬きを繰り返した。
「はあ……。それで、どうしてわたしに?」
元生徒会長が「ここではちょっと……」と、邪魔そうに自分を見るので、吉田はピンときた。
(こいつも谷口に森崎のことを訊く気か……?)
頭も性格も顔もいい元生徒会長。
女子からの人気は絶大で、男の吉田から見ても爽やかイケメンである。
こんな存在が森崎に好意を持っていたらと思うと、吉田は気が気ではない。
意地でもどくもんか。鼻息荒く睨みつけたが、
「悪いけど、きみはちょっと外してくれる?」
元生徒会長に頼まれれば、吉田はこの場を去るしかなかった。