Dear my girl
* * *
沙也子は少し気が咎めながら、嫌そうに去っていく吉田の背中を見送った。
吉田は律のことが大好きだ。その様子は、まるで無垢なワンコのようで、沙也子は微笑ましく思っている。
そんな彼がなぜ「ヤンデレ系の攻めタイプ」なのか。律の造詣の深さは、いつだって沙也子には理解が難しい。
吉田の反応を見るに、おそらくこの先輩も律に気があるのだろう。沙也子に探りを入れるために声をかけてきたのだと思えば納得がいく。
元生徒会長は爽やかに微笑み、時間を取らせることを沙也子に謝った。
「廊下じゃ、ちょっとなんだから。空き教室でいいかな」
吉田はこの先輩を知っていて当然という感じだったし、生徒会長をしていただけあって、有名なのかもしれない。
人に話を聞かれたくないのだと思い、沙也子は承諾した。
彼の後について行き、階段を昇る。
すぐ手前にあるのが、その教室らしい。中に入ると、彼はすぐにドアを閉めた。その性急さが不自然な気がして、沙也子は眉をひそめた。
「あの……?」
「谷口さん、僕に見覚えない?」
先輩はにっこりと笑って続けた。
「いつもご利用ありがとうございます。お客様なのに、助けていただいて申し訳ありません」
沙也子は、あっ!と息を飲んだ。
マジマジと先輩を見つめる。すぐにエプロン姿が思い浮かんでくる。
気まずさが込み上がり、沙也子は頬を染めた。
「あのスーパーでバイトしてるんですね。全然気づきませんでした。すみません」
スーパーで沙也子が他の客に商品の場所を訊かれるたび、男性スタッフから謝罪されていた。
沙也子にとっては恥ずかしいことだったので、相手の顔をろくに見ていなかったのだ。
先輩は気にする風でもなく、照れたように笑った。
「僕の方は、いつも見てたよ」
「……え?」
「うちさ、母子家庭なんだ。だから僕も必死にバイトしてる。進学費用を抑えるために、生徒会長になって内申も上げて、死に物狂いで机にかじりついて国立の特待生推薦も取った」
「それは……すごいですね」
穏やかに話す先輩の声を聞きながら、沙也子は心臓が嫌な音を立て始めたのを感じた。