Dear my girl
* * *
吉田は自分のクラスに戻りながら、もんもんと考えていた。
(あとで谷口に訊いたら、何の話だったか教えてくれるかな。いやでも、それって、俺かっこ悪すぎ?)
教室のドアを開けると、森崎律がすぐに駆け寄ってきたので、吉田は顔を赤らめた。
もしかして、さっそく谷口に対する善行の効果だろうか。
浮かれかけたが、彼女の真剣な顔つきに、そんな雰囲気ではないと悟った。
「吉田。沙也子は?」
(やべ、放ったらかしたと思われた?)
「あ、ああ。上級生が谷口に訊きたいことがあるんだってよ。二人がいいっていうから、先に戻ってきた」
爽やかイケメンの元生徒会長だということは伏せておく。森崎の意識から逸らしたいからだ。
「上級生? 誰? どこで?」
それなのに、森崎から鋭く問われ、吉田はうっと詰まった。こんなふうに見つめられてしまえば、あっさりと白旗を上げるしかない。
「元生徒会長だよ。えーと、職員室からの戻り道だから、2階の端っこあたり」
吉田が言い終わるや否や、森崎は教室を飛び出した。
(えっ、なに。まさか森崎、先輩のこと……?)
好きなのだろうか……。
谷口に気があると心配して駆けつけるとか?
居ても立ってもいられず、吉田は森崎の後を追った。しかし、森崎が向かったのは理系クラスの教室だった。
ガラッと勢いよくドアを開け、森崎は切羽詰まった声を上げた。
「涼元!」
教室に残っていた理系生徒が、いっせいにこちらに注目する。
涼元は素早く立ち上がった。
ものすごい速さで教室を出て行く。森崎はそれを追いながら、涼元の背中に向かって「二階! 職員室からの帰り!」と指示を出した。
何が何だか分からないまま、とにかく吉田も二人に続いた。
彼らの背中を追うものの、涼元との差はぐんぐん開いていく一方だった。しかも、森崎もけっこう速い。
女子に遅れをとるわけにはいかず、吉田は必死に足を動かし続けた。
ようやく、先輩から声をかけられたあたりにたどり着いたが、そこには誰もいなかった。
「あれ? 話、終わったのかな。行き違い?」
息を切らしながら、懸命に呼吸を整えていると、森崎は吉田が告げた谷口の状況を涼元に説明していた。
(……なんだ? 涼元が、谷口と先輩を二人きりにしたくなかったってことなのか? それを森崎は協力してる?)
――ということは、森崎は元生徒会長と何の関係もない?
吉田の気持ちがみるみる明るくなる。現金なもので、心に余裕が生まれた。
「どうする? いったん教室戻ってみる?」
吉田の言葉をスルーした森崎は、スマホを取り出した。耳にあてるが、谷口は電話に出ないようだった。
涼元は険しい顔で、何かを見極めるようにあたりを見回すと、おもむろに階段へ向かった。
足速に段を一つ飛ばしで3階へと上がっていく。森崎と一緒に涼元を追った。
昇ったすぐ手前には空き教室がある。鍵がかかっているはずだが、涼元は迷うことなく、そのドアを力強く開けた。
中には、元生徒会長と谷口沙也子の姿が。
彼女は腕を掴まれ、涙を浮かべていた。