Dear my girl
23.
(えっ、まさか……谷口が先輩に襲われてるのか……?)
あまりの衝撃に吉田が咄嗟に動けずにいると、涼元は素早い動きで二人に駆け寄った。谷口を掴んでいた元生徒会長の腕をねじり上げる。
「いっ、ぐあぁあ……っ」
「てめぇ……、忠告したよな。それでもこいつに手を出すってことは、全部捨てる覚悟ができてんだよなあ?」
「い、いや、僕はただ……」
涼元の眼光の鋭さに、元生徒会長は顔面蒼白でぶるぶる震えた。
怖い……。
涼元が怒るとこんなにも怖いのかと、吉田も身震いした。
涼元が拳を振り上げる。
――殴るつもりだ!
吉田も森崎律も止めに入ろうとしたが、それより先に、谷口が涼元の手を掴んだ。
「涼元くん、待ってっ」
「なんで、こんなやつ庇うんだよ」
「だめだよ……。涼元くんが、そんなことしたら……だめ」
涼元の手をぎゅうっと握り、谷口はまじろぎもせず見つめる。
(ああ、そうか。谷口は……)
手を出したらどうなるか……。彼女は涼元の立場を心配しているのだ。
長い沈黙の後、涼元は谷口に掴まれた拳からゆっくりと力を抜いた。
たったそれだけのことが、ひどく難しいことのように見えた。
震えていた先輩は、今ごろ吉田と森崎の存在にも気づくと、いっそう顔を青ざめた。「ぼ、僕は何もしてない!」逃げるようにそそくさと出て行ってしまった。
教室内に、重苦しい空気が漂った。
この静寂を破るだけの勇気が、吉田にあるはずもなく。
状況はなんとなく把握した。それでも、何を言っていいのか分からない。
「ごめんね……」
最初に口を開いたのは、谷口沙也子だった。
「……なにが?」
涼元の低い声に、谷口は何も答えなかった。じっとうつむいている。森崎も見守ることしかできないようだった。
涼元は深いため息をついた。
「……迷惑かけたと思って、謝ってるわけ?」
谷口はハッと顔を上げた。見ているこちらも辛くなる泣きそうな表情だった。
「ふざけんなよ! 俺の知らないところで谷口が嫌な思いしたり危ない目にあうほうが、よっぽど迷惑なんだけど。俺はそんなに頼りにならねえか!」
吐き捨てるように声を荒げた涼元は、そこで言葉を詰まらせた。
つい感情が爆発してしまった。そんな様子で。谷口に怒鳴った涼元自身も傷ついたような顔をしている。
大きく息を吸い込み、涼元は前髪をぐしゃりとかき上げた。
「……悪かった。ちょっと、頭を冷やしてくる」