Dear my girl

 涼元が教室を出ていくと、谷口はそのドアを眺めたまま、小さな声でささやいた。

「涼元くん、知ってたんだ……。もしかして、律も……?」

 森崎が何も言わないので、吉田は彼女の顔をそっと窺がった。
 すると森崎律は、涙を流していた。

「沙也子……、いいかげんにしてよ」

 ものすごい勢いでぼろぼろと泣いているので、吉田も谷口も目を丸くした。

「なんで一人で抱え込もうとするの。心配くらい、させてよ! あんたが大事だから、すごく大切だから……心配するの当たり前じゃん! 涼元だって同じだよ……。ううん、たぶん、私よりもずっと強い気持ちで……」

 谷口はきゅっと眉を寄せると、森崎の手を握った。唇は震え、泣くまいと必死に堪えているようだった。

「ごめん……、ごめんね、律」

「大槻さんも、沙也子のこと心配してた。その様子に黒川が気づいて、私に相談したの。私は、すぐ涼元に言うべきだと思った。みんな……みんな、あんたのことが好きだから、心配したんだからね。迷惑だなんて、思うわけない……」

「うん……、うん、」

 谷口の目から、ぽろっと一粒、涙が零れた。

 森崎は溢れる涙を乱暴にごしごし拭うと、谷口の背中をそっと押した。

「私のことはもういいから。涼元のとこに行っといでよ」

 谷口は、ぐっと言葉を詰まらせると、ゆっくり頷いた。


 彼女が出て行くのを見送り、吉田は自責の念にかられて、頭を抱えた。自分の行動を思い起こして恥ずかしくなったのだ。

「谷口、無事でよかったな。つか、俺ってすげー空気読めてなかったんだ。ごめん」

「そんなことない。あんたが沙也子の雑用を手伝ったおかげで、助かったんだもん。ありがと」

 森崎がにっこりと微笑んだ。

 涙を浮かべた瞳が、とても綺麗だった。濡れて艶やかな黒いまつ毛も。

 きつい顔立ちの美人の泣き顔。
 こんな時なのに、そのギャップにぐっときてしまった。


(ああ、俺も泣かせてみたい……。なーんて)


 そんな邪なことを考えていたら、森崎は吉田をじっと見つめて、長いまつ毛を瞬かせた。

「……ね、今の顔。もう一回してよ」

「へっ? い、今の顔って?」

 考えていた内容が内容だけに、吉田はギクッとした。

「今のは今のよ。何考えてたの? ほの暗い微笑みっていうか……、いいから、もう一回笑って」

「ええ~~」

 さっぱりわけが分からない。
 想い人に食いつかれて嬉しく思いつつも、吉田は困惑したのだった。
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