憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
一ノ瀬さんがキッパリ言ったことで、美羽姉の表情がさらに困ったものになる。一ノ瀬さんに俺の言葉を否定されたせいで、余計なことを口にすることができなくなった。
「幼なじみちゃん、安心してくれ。君から金銭を要求することはないが、今回の出来事を記事にしたいってさ」
「今回の出来事って――」
「君の了承もだけど、あの女からも了承を得なきゃならないんだけどね」
肩を竦めて力なく告げた一ノ瀬さんのセリフに、美羽姉の顔は驚きに満ち溢れる。
「私のこの復讐を……。こんなの記事にしたって、なにもおもしろいものじゃないと思います」
俺の手の中にある美羽姉の手が、強く握りしめられるのが伝わってきた。自分の思ったことをきちんと告げた美羽姉に、一ノ瀬さんが穏やかな表情で答える。
「最近の世の中、景気がいいわけじゃないし、明るい話題ばかりでもない。そんなときに仄暗いものを目の前に差し出すと、民衆はこぞってそれを見たがる」
「仄暗いもの?」
「有名どころで言えば、汚職やセクハラをして、辞任に追い込まれた議員や公務員。あおり運転の加害者に、猟奇的な殺人を犯した加害者。悪いことをした一般人なら、読者との距離が近くなる分だけ、叩きたい欲が刺激されるわけなんだ」
「……わかる気がします。私は自分が傷ついた以上に、あのコを傷つけたいって思ったので」
悲しげな横顔を目の当たりにして、俺がそのキズを埋めてあげたいと思わずにはいられない。だけど俺のできることが限られていて、同時に歯がゆさを感じた。
「副編集長は幼なじみちゃんよりも、あの女に興味を抱いた。恋人や伴侶がいるのにもかかわらず、姑息な手段で奪い取って、もれなく自分のモノにし、捨てていく人生を歩んでる長谷川春菜を記事にしたいそうだ」
「あのコのことは芸能人の派手なスキャンダルに比べたら、劣化版になるんじゃないですか?」
年上の一ノ瀬さん相手に、ズバッとはっきりものが言える美羽姉は、本当にすごいと思った。俺はどうしても相手の顔色を窺うクセがあって、自分の気持ちを告げられない不器用さがある分だけ、美羽姉のそういうところに惹かれてしまう。
「芸能人じゃなく、自分の身近にいるかもしれない人物のほうが、炎上する熱量が増える。しかもあの女の奪った男の数は、ひとりやふたりじゃない。被害者がこの記事を見て、訴えることにつながったら?」
「もしかして――」
「な? 副編集長の怖いところは、そういうところなんだよ。俺以上に頭がまわる。金のがめつさなら、社内で一番さ」
美羽姉の手を握りしめてる俺の手の上に、小さな手が重ねられた。
「私ひとりじゃ、こんなふうにあのコを追い詰めることはできなかった。学くんのおかげだよ!」
「美羽姉にお礼を言われても、アバズレがOKしなきゃ記事にできない……」
歓喜する美羽姉の心に水を差したくなかったものの、きちんと現実を教えなきゃ、もっと落ち込ませることになる。
「そっか、そうだよね……」
「幼なじみちゃん、それを含めて、副編集長に俺が託されてる。OKするようになんとかするのも、俺の仕事なんだよ」
一ノ瀬さんが自信満々に親指を立てたことで、美羽姉の顔に安堵の色が滲んだように見えた。そんな顔をじっと見つめていたら、形のいい唇が一ノ瀬さんに話しかける。
「一ノ瀬さん、なにからなにまで、いろいろありがとうございます。副編集長さんにもそのうち挨拶に伺いたいので、アポお願いできますか?」
「副編集長に逢うのはいいけど、白鳥と一緒のほうがいいと思う。アイツ、顔のわりにかわいいものが好きだから、幼なじみちゃんを見たら、迷うことなく抱きつくような気がするんだ」
ギョッとするようなことを言われたせいで、俺の中にある警報機が鳴りまくった。
「俺、絶対美羽姉を守るんで、逢う日が決まったら、忘れずに教えてください!」
「わかってるよ、まったく。とりあえず動画編集は今日の分まで回収するにしても、決行の日の分の室内と玄関前の動画は、後日になるからな」
「ちなみに玄関前の動画は、収穫があったんですか?」
わざとアバズレに自宅を教えたので、間違いなく顔を出すと考え、玄関前にもセンサー付きのカメラを設置していた。
「白鳥の自宅がわかった次の日から、足繁く日参してる。多いときで三回顔を出してる、念の入れ方だ。だから今日の出来事の関係で、今まで以上にここに顔を出すぞ」
「学くんに逢いたいっていうあのコの執念、本当にすごいですね」
「それのおかげで、証拠がどんどん増えるワケさ。春菜様々だ」
こうして最後の打ち合わせを終えた俺たちは、それぞれの役目をしっかり全うするために、念入りに最終確認をおこなったのだった。
「幼なじみちゃん、安心してくれ。君から金銭を要求することはないが、今回の出来事を記事にしたいってさ」
「今回の出来事って――」
「君の了承もだけど、あの女からも了承を得なきゃならないんだけどね」
肩を竦めて力なく告げた一ノ瀬さんのセリフに、美羽姉の顔は驚きに満ち溢れる。
「私のこの復讐を……。こんなの記事にしたって、なにもおもしろいものじゃないと思います」
俺の手の中にある美羽姉の手が、強く握りしめられるのが伝わってきた。自分の思ったことをきちんと告げた美羽姉に、一ノ瀬さんが穏やかな表情で答える。
「最近の世の中、景気がいいわけじゃないし、明るい話題ばかりでもない。そんなときに仄暗いものを目の前に差し出すと、民衆はこぞってそれを見たがる」
「仄暗いもの?」
「有名どころで言えば、汚職やセクハラをして、辞任に追い込まれた議員や公務員。あおり運転の加害者に、猟奇的な殺人を犯した加害者。悪いことをした一般人なら、読者との距離が近くなる分だけ、叩きたい欲が刺激されるわけなんだ」
「……わかる気がします。私は自分が傷ついた以上に、あのコを傷つけたいって思ったので」
悲しげな横顔を目の当たりにして、俺がそのキズを埋めてあげたいと思わずにはいられない。だけど俺のできることが限られていて、同時に歯がゆさを感じた。
「副編集長は幼なじみちゃんよりも、あの女に興味を抱いた。恋人や伴侶がいるのにもかかわらず、姑息な手段で奪い取って、もれなく自分のモノにし、捨てていく人生を歩んでる長谷川春菜を記事にしたいそうだ」
「あのコのことは芸能人の派手なスキャンダルに比べたら、劣化版になるんじゃないですか?」
年上の一ノ瀬さん相手に、ズバッとはっきりものが言える美羽姉は、本当にすごいと思った。俺はどうしても相手の顔色を窺うクセがあって、自分の気持ちを告げられない不器用さがある分だけ、美羽姉のそういうところに惹かれてしまう。
「芸能人じゃなく、自分の身近にいるかもしれない人物のほうが、炎上する熱量が増える。しかもあの女の奪った男の数は、ひとりやふたりじゃない。被害者がこの記事を見て、訴えることにつながったら?」
「もしかして――」
「な? 副編集長の怖いところは、そういうところなんだよ。俺以上に頭がまわる。金のがめつさなら、社内で一番さ」
美羽姉の手を握りしめてる俺の手の上に、小さな手が重ねられた。
「私ひとりじゃ、こんなふうにあのコを追い詰めることはできなかった。学くんのおかげだよ!」
「美羽姉にお礼を言われても、アバズレがOKしなきゃ記事にできない……」
歓喜する美羽姉の心に水を差したくなかったものの、きちんと現実を教えなきゃ、もっと落ち込ませることになる。
「そっか、そうだよね……」
「幼なじみちゃん、それを含めて、副編集長に俺が託されてる。OKするようになんとかするのも、俺の仕事なんだよ」
一ノ瀬さんが自信満々に親指を立てたことで、美羽姉の顔に安堵の色が滲んだように見えた。そんな顔をじっと見つめていたら、形のいい唇が一ノ瀬さんに話しかける。
「一ノ瀬さん、なにからなにまで、いろいろありがとうございます。副編集長さんにもそのうち挨拶に伺いたいので、アポお願いできますか?」
「副編集長に逢うのはいいけど、白鳥と一緒のほうがいいと思う。アイツ、顔のわりにかわいいものが好きだから、幼なじみちゃんを見たら、迷うことなく抱きつくような気がするんだ」
ギョッとするようなことを言われたせいで、俺の中にある警報機が鳴りまくった。
「俺、絶対美羽姉を守るんで、逢う日が決まったら、忘れずに教えてください!」
「わかってるよ、まったく。とりあえず動画編集は今日の分まで回収するにしても、決行の日の分の室内と玄関前の動画は、後日になるからな」
「ちなみに玄関前の動画は、収穫があったんですか?」
わざとアバズレに自宅を教えたので、間違いなく顔を出すと考え、玄関前にもセンサー付きのカメラを設置していた。
「白鳥の自宅がわかった次の日から、足繁く日参してる。多いときで三回顔を出してる、念の入れ方だ。だから今日の出来事の関係で、今まで以上にここに顔を出すぞ」
「学くんに逢いたいっていうあのコの執念、本当にすごいですね」
「それのおかげで、証拠がどんどん増えるワケさ。春菜様々だ」
こうして最後の打ち合わせを終えた俺たちは、それぞれの役目をしっかり全うするために、念入りに最終確認をおこなったのだった。