憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
終焉
好きでもない妻の笑顔に見送られて、行きたくない会社に足を進ませる。
気が重い理由――ここのところ部長に『部下の注意がパワハラになってるから、もう少し穏やかに話をするように』とお叱りを受けたため、感情を押し殺すことが格段に増えた。
家に帰っても、ビクビクしながら俺に接する春菜の態度に苛立ちを覚えて、寝室に引きこもっている。すべては自分が浮気をしたせいで、こんなことになったというのに、後悔ばかりしている日常は、ストレスしか生まない。
背の高いビルをため息まじりに見上げてから、エントランスに視線をおろすと、ビルの前に立ってる女性が俺をじっと見つめた。髪が短くなっていても、その顔を忘れるハズがない。
この世で、俺が一番愛した――。
「み、美羽!」
会社に向かうのに重たくなっていた足が、軽やかに前に進んだ。磁石のプラスとマイナスが引き寄せるように、彼女の元に近づく。
「良平さん、おはようございます」
久しぶりに聞いた、艶のある落ち着いた声。細面の顔を綺麗に見せる髪型や、濃紺のスーツが美羽の清楚な感じを表している様子を、瞬きするのを忘れて舐めるように見入った。
「髪、短くしたんだな」
挨拶せずに、目に映ったことを口にした。綺麗なんて言って手を出したら、きっと用心されるだろうから、なんとか我慢する。
「ホルモンバランスで抜け毛が酷くて、思いきってバッサリ切ったの」
(ホルモンバランスって、流産したことがきっかけか。そんなふうに体に表れるんだな――)
「そうか、悪かったな……」
「良平さんが謝ることじゃないんじゃない?」
「だって俺が――」
春菜と浮気をしなければ、美羽は流産しなくて済んだ。すべては俺が悪い。
「私が悪いの。私に男の見る目がなかったから、こういうことになった。ただそれだけよ」
俺のセリフを止めた美羽の言葉に、告げかけたセリフが喉の奥でぐっと詰まる。男の見る目がないというのは、俺を遠まわしに蔑んでいるのがわかったが、こんな酷い物言いをする美羽の意図がさっぱりわからない。
「美羽、は今、仕事とか、その……体調は大丈夫なのか?」
俺を見上げる柔和な笑顔を見ているだけで、妙な圧を感じた。彼女の笑顔は見慣れているのに、言い知れぬなにかを体で察知しているのは、気のせいなんかじゃない。
「私の心配をしてくれるんだ」
「するに決まってるだろ。おまえは俺の……」
(――ちょっと待て。美羽との再会に喜んでしまったが、なぜこのタイミングで現れたんだ?)
「どうして長谷川さんと結婚したの?」
間髪入れずに、俺に問いかけた美羽。柔和な笑みが瞬く間に消えて、真顔になる。意を決した面持ちを目の当たりにしたせいで、考えがうまくまとまらない。
「それは、傷ついた美羽を見たくなかったから。俺が春菜と一緒になれば、もうおまえは傷つくことがないと思って」
「私がふたりの結婚を知って、傷つかないとは思わなかったの?」
即答した矢先に、ふたたび質問される。美羽が現れた理由を考えたいのに、それをする暇すら与えないなんて、どうにもおかしすぎる。
「美羽……」
見つめる美羽の瞳の中に見え隠れする悲しげな感情が、俺の返事と思考を見事にとめた。
「浮気相手と結婚された私の気持ちなんて、良平さんは全然考えなかったんでしょうね」
「守りたかったんだ、これしか思いつかなかった。美羽の気持ちを考えることができなくて、本当に悪かった!」
握りしめる鞄ごと手に力を込めて固く握りしめ、腰から頭をさげる。出勤する社員が俺たちの姿を見ていくが、そんなの関係ない。
気が重い理由――ここのところ部長に『部下の注意がパワハラになってるから、もう少し穏やかに話をするように』とお叱りを受けたため、感情を押し殺すことが格段に増えた。
家に帰っても、ビクビクしながら俺に接する春菜の態度に苛立ちを覚えて、寝室に引きこもっている。すべては自分が浮気をしたせいで、こんなことになったというのに、後悔ばかりしている日常は、ストレスしか生まない。
背の高いビルをため息まじりに見上げてから、エントランスに視線をおろすと、ビルの前に立ってる女性が俺をじっと見つめた。髪が短くなっていても、その顔を忘れるハズがない。
この世で、俺が一番愛した――。
「み、美羽!」
会社に向かうのに重たくなっていた足が、軽やかに前に進んだ。磁石のプラスとマイナスが引き寄せるように、彼女の元に近づく。
「良平さん、おはようございます」
久しぶりに聞いた、艶のある落ち着いた声。細面の顔を綺麗に見せる髪型や、濃紺のスーツが美羽の清楚な感じを表している様子を、瞬きするのを忘れて舐めるように見入った。
「髪、短くしたんだな」
挨拶せずに、目に映ったことを口にした。綺麗なんて言って手を出したら、きっと用心されるだろうから、なんとか我慢する。
「ホルモンバランスで抜け毛が酷くて、思いきってバッサリ切ったの」
(ホルモンバランスって、流産したことがきっかけか。そんなふうに体に表れるんだな――)
「そうか、悪かったな……」
「良平さんが謝ることじゃないんじゃない?」
「だって俺が――」
春菜と浮気をしなければ、美羽は流産しなくて済んだ。すべては俺が悪い。
「私が悪いの。私に男の見る目がなかったから、こういうことになった。ただそれだけよ」
俺のセリフを止めた美羽の言葉に、告げかけたセリフが喉の奥でぐっと詰まる。男の見る目がないというのは、俺を遠まわしに蔑んでいるのがわかったが、こんな酷い物言いをする美羽の意図がさっぱりわからない。
「美羽、は今、仕事とか、その……体調は大丈夫なのか?」
俺を見上げる柔和な笑顔を見ているだけで、妙な圧を感じた。彼女の笑顔は見慣れているのに、言い知れぬなにかを体で察知しているのは、気のせいなんかじゃない。
「私の心配をしてくれるんだ」
「するに決まってるだろ。おまえは俺の……」
(――ちょっと待て。美羽との再会に喜んでしまったが、なぜこのタイミングで現れたんだ?)
「どうして長谷川さんと結婚したの?」
間髪入れずに、俺に問いかけた美羽。柔和な笑みが瞬く間に消えて、真顔になる。意を決した面持ちを目の当たりにしたせいで、考えがうまくまとまらない。
「それは、傷ついた美羽を見たくなかったから。俺が春菜と一緒になれば、もうおまえは傷つくことがないと思って」
「私がふたりの結婚を知って、傷つかないとは思わなかったの?」
即答した矢先に、ふたたび質問される。美羽が現れた理由を考えたいのに、それをする暇すら与えないなんて、どうにもおかしすぎる。
「美羽……」
見つめる美羽の瞳の中に見え隠れする悲しげな感情が、俺の返事と思考を見事にとめた。
「浮気相手と結婚された私の気持ちなんて、良平さんは全然考えなかったんでしょうね」
「守りたかったんだ、これしか思いつかなかった。美羽の気持ちを考えることができなくて、本当に悪かった!」
握りしめる鞄ごと手に力を込めて固く握りしめ、腰から頭をさげる。出勤する社員が俺たちの姿を見ていくが、そんなの関係ない。