憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
***

(ヤバい。つい白鳥の告白に見入ってしまって、上條春菜を引き留めることに失敗した……)

 いつものようにマンション前に停めている黒のワンボックスカーで、室内の状況を盗撮カメラにて確認。上條春菜が出て行ったのがわかったので、諸々の用事を済ませるべく、あとをつけようとした矢先だった。

『小野寺美羽さん、俺と付き合ってくだしゃい!』

 車内に響いた白鳥の間の抜けた告白に、車のドアハンドルに手をかけていた俺の動きが、ピタリと止まってしまった。

「おいおい、その顔で『くだしゃい』はやめてくれよ……」

 俳優のように整った顔立ちだからこそ、残念感が否めない。しかしながら結末がわかっているのに、どうしてもこのふたりのやり取りを見たくなってしまい、上條春菜を見過ごしてしまった。

「あーあ、ついてないな……」

 告白シーンの映像が途中経過で切られてしまったことと、上條春菜が住むマンション前には駐車スペースがないため、徒歩で向かうしかないのがついていない。

 ほかにも気が重い理由――それは数日前にかかってきた、知らない番号からの電話だった。

「もしもし?」

『コチラの携帯は、一之瀬さんでお間違えないでしょうか?』

「はい、そうです」

『私、小野寺美羽の母親です。はじめまして』

 このタイミングで幼なじみちゃんの親の接触に、なにを言われるのかが瞬間的にわかった。復讐をとめるためだろう。

「はじめまして……」

『美羽が最近、ウキウキしながら仕事に行くものですから、あのコのしてることがうまくいっているんだろうなと思いまして』

 姿の見えない相手とのやり取り――口調がおっとりして柔らかいだけに、緊張せずに話すことができそうだった。

「はあ、まぁ。うまくいってる次第です……」

『一之瀬さんのことは、学ちゃんから聞いたんです。美羽とのお付き合いを認めないって言ったら、いろいろ教えてくれましてね。ふふっ』

「え……」

 コロコロかわいらしい感じで笑ったのに、告げられた内容がすごくて、言葉が出てこなくなった。というか下手に喋って、俺まで脅迫されたら、たまったもんじゃない。

『単刀直入にお願いするわ。上條夫妻のぶつかり合い……、いいえ良平さんの暴力をとめてくれないかしら?』

「……それは、娘さんが一番望んでいることでして」

『そうでしょうね。だけどその暴力で相手がお亡くなりになったりしたら、結果的に美羽の心に深いキズができることになるんです。どんなに憎い相手でも、やり過ぎはいけないことだと思うわ』

「確かにそうですね」

 ところどころ言葉にアクセントを置いて、語気を強めながら俺に話しかけることに、言い知れぬ不安を覚えた。

『一之瀬さん、もしそうなったときは一之瀬さんが殺人教唆したって、警察にタレコミしようと考えてます』

(この人、俺を脅しにかかってる! 白鳥が絶対に口を割る脅し方をしたのと同じく、俺まで脅すとか、すげぇ怖い!)

「ええぇっと、そんなことしたらですね、大事な娘さんがこの件にかかわったことも露呈しますが、いいんですかね?」

 冷や汗が額からダラダラ流れていくのを感じながら、俺が必死に切り返したら、スマホの向こう側で笑いかける。

『うふふっ、かまいませんよ。娘は流産に離婚とメンタルが不安定になっていたのは明らかですし。その状態で、一之瀬さんに操られていたって証言します』

「なっ!?」

『一之瀬さんに罪を擦りつけ……じゃなくて被ってもらうことになりますね。美羽に責任能力はありませんし』

(俺に全部擦りつける気が満々じゃないかよ! 思いっきり言いかけたよな!)

「わかりました。きちんととめますので、タレコミの件は勘弁してください」

 そんな脅迫をされたゆえに、俺は修羅場に突入せざるを得なくなった。

 あとから聞いた話だと、白鳥は幼なじみちゃんの母親に、まったく脅迫されていなかったそう。目の前で娘を思って泣き崩れる姿を見、思わずこれまでの経緯を暴露したそうだ。

 娘を思う母親の存在は、春菜よりも怖いとしみじみ感じたのだった。
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