憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
救済
 昨夜の行為のせいか、少量の出血があったので、慌てて病院に駆け込んだ。内診してもらった結果、赤ちゃんに異常はなく、膣内に裂傷などの傷はなかったものの、とりあえず安静にして様子を見ましょうと診断されて、病院をあとにする。

 私の足は自宅マンションではなく、実家に向かって迷うことなく歩いた。もうあんな良平さんとふたりきりでいられるメンタルなんて、これっぽちも持ち合わせていなかった。

 体のあちこちに残された昨夜の痕跡――良平さんにつけられたキスマークを目にするだけで、行為の最中にぶつけられた酷い言葉を思い出し、気分がどんどん悪くなっていく。

「ただいま……」

 親には体調不良で帰ることをメールで連絡したのだけれど、私の顔を見たお母さんはなにかを察したらしく、無言であたたかく出迎えてくれたのが嬉しかった。

 滲んだ涙を見せないように、急いで自室にひきこもり、鞄からスマホを取り出してラインの画面を表示させる。良平さんに『昨日のせいで体調が良くないので、しばらく実家に帰ります』とメッセージを打ち込み、送信後スマホの電源をすぐに落とした。

 彼から送られてくる文章だけじゃなく、声を聞くのも今は無理。話もしたくない。

 ローテーブルにスマホを置き、リビングに顔を出そうとしたら、ピンポンと来客を知らせるインターフォンが鳴った。

 玄関に一番近かった私が返事をして、ドアスコープから相手を確認する。久しぶりに目に映るその面持ちを確認したせいで、勢いよくドアを開けてしまった。

「美羽姉、帰ってたんだ? 久しぶり!」

「学くん、久しぶり……。元気そうだね」

 近所に住んでる、幼なじみの冴木学くん。6歳年下の彼は、私にとって弟みたいな存在。

「授かり婚したの~って、俺に自慢しまくってたのに、今はどうした? 顔色、あまり良くないみたいだけど」

 わざわざ腰を落として、私の顔をまじまじと見つめる。こんなふうに、良平さんに心配されたことはない。

「妊娠初期だから、貧血気味なのかも」

「ふーん。そういうのを理由に、ここに帰ってきてるんだ」

「しょうがないじゃない」

「しょっちゅう実家に帰ってたら、そのうち旦那さんに浮気されるかもよ?」

 屈託なく笑う学くんに、現実を突きつけられた気がした。彼に合わせて笑えることができたら、どんなによかったことか。

「美羽姉?」

 だんまりを決め込む私の様子に、学くんはすぐに笑うのをやめた。

「学ちゃん、また顔を出してくれたの? お仕事順調みたいね、美佐子から聞いてるわ」

 私の背後から、お母さんが声をかけた。うちのお母さんと学くんのお母さんは高校の同級生で、とても仲のいい間柄だった。

「おばさん、こんにちは。仕事はぼちぼちッスよ。山梨の親戚から、売りに出せない果物がわんさか送られてきたんです。おばさん家にも手伝ってほしくて」

 持っていた大きな袋を見せる学くんに、「外で話をするのもなんだから」と、お母さんが中に誘った。

「美羽姉、旦那さんとケンカでもしたのか?」

 慣れた感じで玄関からお邪魔した学くんが、リビングに向かう途中で訊ねた。

「それは――」

 言いにくすぎて、思わず立ち止まる。まぶたを伏せて俯いた私を見るなり、

「おばさん、美羽姉借りるわ。ふたりで部屋に引きこもるけど、扉は開けておくから安心して!」

 学くんはお母さんに持っている袋を押し付け、私の手首を掴むと、さっきまでいた自室まで連行する。宣言通りに扉を開け放ったまま、私をベッドに座らせて、目の前で腕を組んだまま立ち竦む。

「妊娠って、子どもを腹の中で育てるために、体質みたいなものっつーか、ホルモンとかいろいろ変わるだろ?」

「よく知ってるね」

「この間もここに顔を出したときに、悪阻で美羽姉が帰ってきてることを、おばさんから聞いたし。実家に帰るくらいに、具合が悪いんだなぁってさ」

 眉根を寄せて私を見下ろす学くんに、なんとかほほ笑みかけた。

「そうなんだ……」

「悪阻のつらさがわからなくて、ほんのちょっとだけ調べた。大変だったな」

 ぶっきらぼうな口調なれど、そこには見えない優しさが確かにあって、それを感じ取ることができた。
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