憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
「黙って指を咥えたまま、遠くから想ってるだけなんて、相手に伝わらないのさ。そんなんだから誰かと結婚しちまう」

「推しが幸せな結婚をするのは、応援する側にとっちゃ、いいことなんだよ!」

 これ以上無駄な争いをしてもダメだと判断し、真っ当な正論をぶつける。

「応援する側ねぇ。それで帰ってきた途端に、癇癪起こした理由はなんだい?」

 お袋はわざわざ部屋から出て傍に歩み寄るなり、下から俺を睨みあげた。

「絶対に言わない。プライベートなことに、首を突っ込むなよ」

 目力を込めて睨むという無言の圧力に屈しないように、自分なりに牽制した言葉を放ったつもりだったが、お袋の表情は変わらずだった。

「プライベートね、なるほど。帰った瞬間に『不倫、死ねばいいのにクズ野郎』と怒鳴り、美羽ちゃんに逢ったということで、新婚家庭に不幸が訪れたということが判明しましたとさ!」

 言いながらニヤリとほほ笑む、その顔の怖いこと。怒鳴りながら叫んだ俺のセリフと逢った人物だけで事実を特定されたら、正直たまったもんじゃない。

「そんなん違うし……」

「何年アンタと一緒にいると思ってんだい。親を舐めるんじゃあないよ。顔にしっかり書いてある、正解ってね」

 能天気にゲラゲラ笑うお袋に、俺は為す術なく撃沈。ガックリと項垂れるしかなかった。

「美羽ちゃんが悪阻で実家に帰ってきてるって、美穂から聞いたのは最近だから、浮気されたのも奥さんの不在を狙ってだろうねぇ。あーやだやだ」

 美穂おばさんは、お袋が高校のときの同級生。俺が小学一年生のとき、親父が転勤でこの街に家を建てたことが、ふたりの再会するきっかけだった。同じ町内会の行事で、美穂おばさんと逢ったとき、お袋のテンションがおかしかった様子は、今でも思い出せるくらいにすごいものだった。

 互いに子どもがひとりっ子同士なこともあって、余計に話が盛り上がったらしい。しかも看護師をしているお袋の体を心配した美穂おばさんが、夜勤明けのときに俺を預かってくれたりして、本当に世話になった。

「アンタ、これからなにをする気なんだい?」

「浮気調査するだけで、ほかにはなにもしない……」

「なにもしないなら別にいいけど。学なりに美羽ちゃんを支えてやんなさい」

「わかってる、そんなこと。あのさお袋」

「なんだい?」

 ウチには浮気の心配をする必要がないことくらいわかっているが、一応訊ねてみる。

「親父が若くて綺麗なコと浮気したら、どうする?」

「そんなの決まってる、まずは玉をちょん切るね」

 頬の上に描いたような笑みを漂わせながら、右手にピースサインを作ったお袋を見て、怯えない男はいないだろう。

「ヒッ!」

「事前にそういうことを警告してるから、我が家は過ちが起きないというわけさ! アハハ!」

 サラリと怖いことを言い放った末恐ろしい女と恋愛結婚した親父は、ある意味奇特な人だと思わずにはいられなかった。
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